底辺女子高生 豊島ミホ
第20回夜空の向こう
 約15センチ×10センチ。
 これは何かというと、ハガキ一枚の面積である。高校時代、私はこの15センチ×10センチを文章と小さなイラストで埋めて、ほぼ毎週、あるところへ出していた。
 内容はほとんど忘れてしまった。原稿用紙換算でどれくらいの量だったのかもわからない。結構書けた気もするけど、でもだいたい、最後のほうはスペースが足りなくなってみちみちになってしまう。大したことは書いていなかった。深刻な悩みを他人に押しつけるのは恥ずかしいと思い、なるべくささいなことを選んで書いていた気がする。家出をしたとか、クラスメイトで口をきけるのが四人しかいないとか、ここに書いているようなことは書かなかった(はずだ)。ほんとうに、何を書いていたんだろう。それがわかればこのエッセイのネタにかなり貢献したと思うんだけど。

 宛先は東京のラジオ局だった。だからハガキは一応、リクエストハガキだった。月曜日から金曜日までの夜に放送されている全国放送の音楽番組に、高校時代の三年間まるまる、ハガキを書き続けた。ミュージシャンや芸能人でなく、専門の「パーソナリティー」、いわゆるDJがいて、邦楽の新曲とみんなのリクエスト曲をかけ、間にゲストミュージシャンのインタビューが入る、というシンプルなつくりの番組だった。
 ラジオにハガキを書いていた、と言うとたいていドン引きされる。まず、「ラジオ聴いてるの!?」という話だ。「聴いている側」からすると、夜の番組なんて聴いてるのはたいがいフツーの高校生じゃないか、という気がするんだけれど、「聴かない側」からすると、フツーの高校生はラジオを聴かないらしい。確かに、「昔の月9」の話などされてついていけないことがしばしばあるので、みんなテレビを観ていたんだなあ、と思う。そういうときは「あたし、下宿生だからテレビ観られなかったんだ」と言うことにしている(下宿の個室はテレビがない、というのは事実だ)。
で、そこまでは納得してもらえるとしても、「だからってハガキ書くか?」という話になる。これをやっちゃう人は結構マニアックだとみなされるらしい。大学に入ってから、クラスメイトに同じ番組を聴いていた男子が居て、「さすが全国放送!」と感激し、ここぞとばかりに連帯感を高めようと「あたしハガキ読まれたことあるよお」と言ったらその瞬間に「ええ〜……」という顔をされてしまった。俺的にそれはNGです、みたいな。理不尽だ。
 でも、まあ、わからないでもない。「出さない」と「出す」の間の一歩はあまりにでかい。初めてハガキを出した時、私は中三だったのだけれど、「こんなの出したって全国放送なんだからどうせ番組で読まれたりしないよ。期待しちゃだめよ自分! ってわかってるのに、こんなに一生懸命みちみち書いちゃって、恥ずかしい〜」などと、燃えるような羞恥に煩悶したのだ(で、一通目のハガキは読まれなかった)。
 けれども! 熱弁させていただくけれども! 読まれた時の感激はその羞恥をはるかにうわまわります! 名前が読まれただけで、「ええ、嘘、あたしぃ?!」と勉強(か書きもの)をする手を止めて思わずラジカセのほうを見てしまう。見てもラジオなんだからしょうがないのに、とりあえず見る。そしてリクエスト曲が流れる間、両手を揃えてじっと耳を澄ましている。ああ、あたしのリクエストなのよ全国のみんな! 聴いてる?
 もちろん、音楽が好きだから番組を聴く、というのは大前提としてある。レンタル屋さえ車に乗らないと行けないような田舎で、新曲をチェックする方法はラジオ以外になかった。秋田県内に初の外資系レコード店ができたのが一年生の辺りだったと思うけれど、うちの高校からは約六十キロ、日常的に行ける距離じゃない。地元のCD屋では試聴機の曲数に限界がある。音楽誌の白黒ページで取り上げられた「期待の新人!」なんていうのに興味を持ったら、ラジオにリクエストするしかないのだ。
 でも、それだけで聴いているんじゃなかった。ラジオには、テレビにない不思議な空気がある。流れる曲を聴きながら、日本のどこかで同じようにこの曲を聴いてる人がいるんだな、とうっすら意識してしまうのだ。たぶん、ラジオは顔が見えるから、だと思う。どんな人たちがなにをしながら番組を聴いているのか、読まれるハガキで具体的にわかる。それがテレビとは全然違うところだ。
 新曲が出てうれしい。詞が好き。友達がプレゼントしてくれた。好きな人が教えてくれた。バンドの解散が決まって落ち込んだ。
 曲にまつわるメッセージだけでも色々ある。それに加えて、私のように曲以外に関することをちこちこと書く人もいる。いろんな日常があって、変化があって、で、しかも、私たちは同じ番組を気に入っている仲間なのだ。
 そう、「私たち」と言えるぐらいの何かがあった。日本じゅうに散らばっている「私たち」、同じ番組のリスナー。私にとって、そのゆるやかなつながりは、同じ教室に居るだけのクラスメイトよりもはるかに意味があった。誰かの声を聴いている、誰かが「かけて!」と言った曲を聴いている。
 リスナー同士で直接言葉を交わすことはできないけれど、まんなかに素敵なDJがいた。リスナーの平均年齢よりだいぶ年上らしいのに、メッセージに対していつも真摯で、とおりいっぺんみたいな答え方を絶対にしなかった。彼女を中継点にして、「私たち」はつながる。
 ラジオを聴くことは星空を見ることと似ていた。この空の下の知らない誰かとつながっている、と思える。いや、我ながらこんな夢見がちなことを言っちゃあ脇の下辺りが痒くなりそうだけど。
 そういえば下宿していた頃はよく窓を開けて星を見ていた。部屋の灯りを消して窓を開けると、隣の家の屋根との間に星空が広がる。住宅以外なんにもない集落だったので、星はよく見えた。真冬でも、晴れるとこっそり窓を開けた。なにしろ雪のつもるところだったから、冬の夜の空気はきんきんに冷えて鼻先を刺す。それでも星が見たくて、寒いのに窓辺に寄って外に頭を出した。私の部屋からは同じ下宿の男子寮が見えたので、男子の窓を覗く不審な女子だと思われるんじゃないかと心配で、あんまり長くは見ていられなかったけれど。

 学校と家(と下宿)くらいしかない狭い世界で、「外」の世界は音楽を通してしか見えなかった。自分のことでいっぱいいっぱいだから、この学校の外になにがあってどんな人がいるか、なんて、音楽がなければあまり考えられなかったと思う。そういう、自分の生活から離れた「外」の世界とつながるためにハガキを書いていたのかもしれない。
 授業中に自分の席で、真夜中に下宿のベッドの上で。音楽雑誌のページを繰って、気になる曲を見つけてタイトルとアーティスト名を書き入れる。ハガキの一番わかりやすいところに、大きく。それからレイアウトを考えつつ絵を添えて、残った余白に文章を書いていく。宛先を書いたら通学カバンのポケットに忍ばせる。読まれるか読まれないか、ポストに入れる時点で何故だかどきどきしてしまう。でも、届けばいい。どこかに届いていると思えればじゅうぶんだ。
 結局、内容まで読まれたハガキは三年間で五枚くらいだった。実は、そのうち一枚が読まれたときの録音テープが今も残っている。一年生の夏休み前に書いたもので、「好きな人と隣の席になっちゃいました! キャー!」みたいな内容だった(この時の「好きな人」については第一回参照)。なんであんなこと書いてしまったんだろう。全国にメガホンで叫びたいほど嬉しかったんだろうか。自分で書いたくせに、恥ずかしくて二度は聞けず、テープは再生されないまま実家の机の引き出しに眠っている。今も、だ。
1982年2月秋田県生まれ。都内某大学在学中の2002年、新潮社「女による女のための『R-18』文学賞」で読者賞を受賞しデビュー。著書に『青空チェリー』『日傘のお兄さん』(以上新潮社)、『ブルースノウ・ワルツ』(講談社)がある。今春、無事大学を卒業。『告知板としまhttp://fengdao.exblog.jp/
書き下ろし小説『檸檬のころ豊島ミホ
1470円(本体定価1400円)
23歳! 今、最注目の女性作家による
痛くてまぶしい、青春7ツ。
□□□□□「いっそ痛いと思った、
その痛みだけは思い出せた」□□□□□
初恋、友情、失恋、部活、学祭、進路、受験、上京……。
山と田んぼに囲まれた、コンビニの一軒もない田舎の県立高校の四季を舞台に、誰もが通ってきた「あの頃」の、かっこ悪くて、情けなくて、でもかけがえのない瞬間を、ヴィヴィッドに描き出した傑作青春小説。