底辺女子高生 豊島ミホ
第21回下宿生の一日
 時々ふっと思い出すことがあるのが、下宿の二階の廊下の景色だ。二階にはまっすぐな廊下が一本伸びており、つきあたりには非常階段に通じるドアがある。真夏にはそのドアがいつも風を通すために開け放されていた。他に窓のない薄暗い廊下で、ドアのかたちに切り取られた外の景色だけがまぶしい。
 夏の日の午後に、六人くらいで廊下の壁にもたれながら輪をつくった。学校も学年もばらばらメンツで、部屋のなかが暑いから、誰ともなく集まり出したのだった。風が吹き込んで気持ち良い。顔ぶれが特別なので、やっぱりちょっと特別なお喋りをする。ドアの外、非常階段のてっぺんは下宿ファミリーの物干し場になっていて、ピンチで吊るされた洗濯物が揺れている。洗濯物の向こうに、むかいの空き地の草の緑が、ちらちらのぞいていた……ような気もする。
 そんな特別な日も、ささいなことだけの普通の日も、下宿の記憶というのはなんだかキラついている。特にすがすがしいとか、めまぐるしいとかいうわけじゃないけれど、年にそぐわず赤いランドセルが似合ってしまいそうな、単純に幸せな思い出があるのだ。「今日、カレーじゃない?」「金曜日だし、そろそろそんな気がしない?」「じゃあ寄り道しないで帰ろうか」なんて友だちと三人で言い合って、下宿に帰るとカレーのにおいが待っていた。友だちとカレーと金曜日。思い出すだけでほくほくする。
 下宿はいい。門限が八時だろうと、下宿の外の友だちをつれてきてはいけなかろうと、テレビもクーラーもなかろうと、いいのである。こればかりは力説させていただきたい。
 ……というわけで、今回は下宿生(としての私)の一日を紹介させてもらおうと思う。
 朝は、目覚ましで起きられなかった場合、おばさんに起こしてもらえる。……女子で起こされている人を自分以外に見たことがないのだけれど、とにかく遅刻ラインの七時四十分をまわると、階段の下から「ミホちゃーーーん(仮)!」と名前を呼んでもらえるのである。目覚ましで起きないのにそれで起きるのか? と思われそうだが、意外とびびって起きる。しかも、下宿の隣の家に三歳ぐらいの「言葉、おぼえざかりです!」という男の子が居て、この子がおばさんの真似をして「ミホちゃーーーん(仮)!」と叫ぶのである。家の外からと内からとダブルで名指しされては、さすがに、起きるしかない。
 きちんとした子は七時前に起きるので、私が制服に着替えてばたばた階段を下りていく頃には、玄関で「いってきまーす」と言っている。誰かが出ていくところに居合わせると、「いってらっしゃい」と言うのが決まり。
 顔を洗って食堂で朝ご飯を食べ、トイレに行くわけだが、このトイレ、やっぱり女子の共同生活だけに難しい。なにしろ定員十五人にもなる建物なので、学校と同じように個室が複数ある。でも、トイレの外にスリッパが出ていると、「あ、誰か入ってるのか」と思って遠慮してしまう。夜はともかく、朝はだめだ。年頃の女子同士の暗黙の了解、というやつで、その人が出てくるまで耐えようとしてみる。
 しかし、やっぱり耐えきれない時もある。ある朝、外にスリッパが出ているのを知りながら「悪いなあ」と思いつつ個室に入った。しばらくすると、横からプウと音がした。 おう、気まずい! ……と思う間もなく、壁の向こうから声が飛んだ。
「すみません! おならをしてしまいました!」
 ――えっ!
 びっくりである。喋らなきゃ誰だかわかんないかもしんないのに(スリッパでだいたいわかるけど)……ていうか、私にどのような反応をしろと?
「いや、いいよ……」
 仕方なく壁越しに返事をしたが、これまたマヌケである。すると、「すみません!」と言った後輩の女の子は、たたみかけるように叫んだ。
「先輩っ、誰にも言わないでくださいね! 誰にも言わないでくださいね!」
 見えなくともどれだけあたふたしているかわかる声色だった。なんだか気の毒になってきて、私はまた壁越しに「うん、言わない」と返事をした……わけだが、ここで喋っているのは時効です。今までほんとうに誰にも言わなかったので許しておくれ、あの時の後輩よ……。かわいい話だからいいじゃないか。

 そんなふうに微妙に気を遣う朝を経て、学校に行き、帰ってくるともう夕食である。夕食は五時半から七時と幅があるので、友だちと時間を合わせて食堂に行くこともあったし、気が向いた時間に行ってその時席についている子と食べることもあった。
 私はただでさえ動きがスローモーなのに、喋りながら食べているので、食事に四十分くらいかかった。下宿史上もっとも遅い、とおばさんに評されたこともある。私がげはげは笑いながら食べているかたわら、無言で食事をする男子がどんどん来ては皿を空にして去っていく。男子が学校の外でどのような話をしているのか興味があったのだが、下宿の男子たちはあまり食事中のお喋りをしなかった。キッチンカウンターに立っているおばさんとお姉さんが、「○○くん、よぐ食うごどー」とか「おかわりせー」なんて話しかけても「……ッス」という「不明瞭だが謝辞・敬意その他を含んでいるらしい体育会系の返答」しかしないような男子も居た。食事以外に男子の様子がわかるところはないので、その生態は不明である。

 ごはんを食べ終わり、ごちそうさまを言って食器を返すと、食堂の隅に行く。お風呂の順番表、みたいなものが置かれているのである。メモ用紙に、女子の人数と同じだけの番号がふってあり、横に名前を書くスペースがある。これに名前を書き入れることによって、自分が何番目に入浴するのかを主張するわけだ。前の人がお風呂から上がると、部屋まで呼びにきてくれる。で、自分が上がったら順番表を見て、次の人に声をかける、という仕組みだ。
 前(第九回)にも書いたけれど、お風呂は交代制でひとり二十分。それでも十人居れば二百分だし、その上交代の時に十分くらいのタイムロスは生じるから、女子全員が入浴するには実に五時間近くかかることになる。最後の人が十時に終わるように、というのが目標だったので、入浴は五時前から始まっていたらしい。
 七時を過ぎると、お風呂がまわってくるまではフリータイムなので、友だちの部屋に遊びにいくとしたらここになる。十時以降は他室訪問禁止、という決まりがあるので、堂々と声を立てて話せるのはこの時間帯だけなのだ。でも、あんがい騒々しくはならない。全員がはしゃいでいるなんてことは絶対になく、ドアの前にスリッパが散らばっていて笑い声が漏れてくる部屋もあれば、いかにも勉強しているらしい空気をかもしだしている部屋もあるのだ。集まっても大人しいこともあるし。受験シーズンに、私の部屋に友だちがふたり来て、音楽誌のバックナンバーやマンガの単行本を無言でまわし読みしていた記憶が妙に鮮烈に残っている。「そっち、あたし読んだっけ? なに載ってるやつ?」「奥田民生インタビューが巻頭のやつ」「あ、じゃあ読んだわ」……というような会話をして、また黙々と読むのである。誰かにお風呂の順番がまわってくるまで、円陣を組んで読んでいる。なんとなく、魔の儀式っぽい。
 お風呂リレーにおける私の定位置は「最後から二番目」だったので、順番がまわってくるのは早くて九時半、遅いと十時半だった。 お風呂は食堂を通り抜けたところにあるので、遅い食卓を囲んでテレビを見ている下宿ファミリーに「お風呂はいりまーす」と定型句を言って風呂場に入る。
 年頃の娘に、お風呂二十分という制限はなかなか厳しい。シャンプーにリンス、その上「あし毛を剃る」なんていう動作が入ってくると、湯舟につかる時間はほとんどない。お風呂あがりに鼻パックなんて悠長なこともしていられない。ので、土曜日の午後に例の「小鼻の黒ずみ解消!」すっきり毛穴パックをしていたら、洗面所で下宿ファミリーのおじさんに出くわして大笑いされたことがある。小鼻に白いペッタリをつけた私を指さして、おじさんは「なんだその顔!」と爆笑した。私が「鼻パックですよ鼻パックっ、みんなやってますよ!」と説明しても全然聞こえないかのように笑っていた。よっぽどおかしかったらしい。
 お風呂に関してのみは、やっぱり「あーあ、早くひとり暮らししたいなあ」と思ったものだった。入浴剤をいれて、アロマキャンドルなんかともしちゃって、鼻唄まじりに湯舟につかってみたい、なんて夢を抱きながら、時間と闘ってわしわしと髪を洗う。
 お風呂から上がると、食堂に残っているおばさんから、たまに「お菓子ひとつだげあるがら、持ってげー」と、こっそりマフィンかなんかをもらえることがある。多分、もらえる機会は均等になっていると思うのだが、この「こっそり」が嬉しい。十時を過ぎて静まり返った部屋で、ひとりもぐもぐとお菓子を食べる。

 基本的にお風呂より後の時間はひとりでいるわけだけれど、実は私は、この時間帯に友だちの部屋に通っていたことがある。もちろん「他室訪問十時まで」の決まりに引っかかるので、あくまでこっそり。
 同じクラスで下宿生のあっちゃん(仮)から「ラジオドラマが怖いから一緒に聴いて」と言われて、ドラマの時間に連日、彼女の部屋に行くようになったのだった。テレビがないため、ラジオっ子が微妙に多いのが下宿という場所。私もかなりマメにそのドラマを聴いていたので、二つ返事で了解した。
 友だちの部屋は、不思議なことに、それぞれ違うにおいがする。ひとつ屋根の下なのに、やっぱり違う「家」なのか、共用部分は共用部分のにおいがし、個室のドアの向こうは、それとまた別のにおいがするのだった。あっちゃんの部屋は、毛布のようなにおいがした。
 廊下に脱いだスリッパを、他の子に見つからないように部屋のなかに放り込む。私が行くと、あっちゃんはいつも、ココアをいれてくれた(みんな電気ポットくらいは部屋に置いているのだ)。ココアをすすりながら、ラジオに耳を傾ける。私たちはラジオに反応して、部屋から漏れないような小声で「ひゃっ」とか「わっ」とか言いあった。ドラマが終わっても、やっぱりお喋りをした。ドラマは十五分なのに、お喋りが一時間くらいになってしまったこともあった。
「ごめんね、こんなに遅くまで」
「ううん。おやすみ」
「おやすみ」
 おやすみ、で友だちと別れられるのは幸福なことだった。しんとした廊下を、ぬきあしさしあしで自分の部屋に戻ったけれど、やっぱり他の子に聞こえていないはずはなかっただろう。
 部屋に戻って日記を書いたら、静かな、静かな夜が終わる。
1982年2月秋田県生まれ。都内某大学在学中の2002年、新潮社「女による女のための『R-18』文学賞」で読者賞を受賞しデビュー。著書に『青空チェリー』『日傘のお兄さん』(以上新潮社)、『ブルースノウ・ワルツ』(講談社)がある。今春、無事大学を卒業。『告知板としまhttp://fengdao.exblog.jp/
書き下ろし小説『檸檬のころ豊島ミホ
1470円(本体定価1400円)
23歳! 今、最注目の女性作家による
痛くてまぶしい、青春7ツ。
□□□□□「いっそ痛いと思った、
その痛みだけは思い出せた」□□□□□
初恋、友情、失恋、部活、学祭、進路、受験、上京……。
山と田んぼに囲まれた、コンビニの一軒もない田舎の県立高校の四季を舞台に、誰もが通ってきた「あの頃」の、かっこ悪くて、情けなくて、でもかけがえのない瞬間を、ヴィヴィッドに描き出した傑作青春小説。