底辺女子高生 豊島ミホ
第23回卒業式は二回
「今どこ?」とメールを打つと、「二階の特別棟。LL教室の前にいるよ。」と返事が来た。
 三月一日、卒業式。補習組の私が出る資格のない式だった。それでも私は学校に侵入して(自分の学校に侵入するなんて変な感じ、しかもなかなかの度胸だ)、校舎の片隅からPHSでメールを打ったのだった。
 玄関前は卒業生でごったがえしている。部活の後輩からもらうものなのか、花束の頭がちらほら見えた。
 その人ごみの気配も届かない、二階の教室の端の端。三年間の学校生活で一、二度しか使ったおぼえのないLL教室の前で、Mちゃんが待っていた。彼女の手のなかには真新しい携帯電話がある。
「私、卒業式みんなと別だってさっ」
 と告白したのは一月の末だった。補習の日程が決まり、三月一日までの卒業が無理だと確定した後である。Mちゃんはひとこと、「やだ」と言った。その前に、今年の受験が無理だと言った時にも、私よりパニックになったのが彼女だった。「私も浪人する、受験絶対落ちるから!」とまで口走ってくれたのである。「いや、そこは受かろうよ」と返したけれど、内心嬉しかった。
 卒業式の後で食事に行こう、と言い出したのが私だったか、彼女のほうだったか、忘れてしまった。とにかくそれはすんなり決まった。卒業式が一緒じゃないことは問題じゃなかった。
 慣れない携帯メールを使ってこっそり待ち合わせたあと、学校を出た。
「先生が『残念ながら豊島(仮)はみんなと一緒に卒業できないことになった……』って言ってたよ。あれはみんな、留年だと思ってるね〜」
「げ、マジで?」
 バスに乗って駅前まで出たあと、どこで食事するか決めかねてうろうろした。時間的に早かったのかもしれない。
 駅前には、さびれる一方のショッピングビルがふたつある。高校に入ったばかりの頃は、帰り道にファーストフードやアイスクリームの店があるのがめずらしくって、お腹が空いているわけでもないのにここで何かを食べていた。最上階のレストランフロアから見下ろす街はなんだかぱっとしなかったけれど、それでも、ジャンクフード片手にお喋りをしているだけで「高校生になったんだあ」という気分を味わえたんだった。私が電車通学をやめてからは、そういうこともなくなっていたけれど。
 私たちはそのビルに入り、昨日までそうしていたみたいに寄り道コースをたどった。一枚二千円や三千円の服屋を見るともなくうろうろしたり、一年生の時に躍起になってかわいい文房具を探した雑貨屋を流したりした。多分、買い物はしなかったと思う。入学したての頃きらきらして見えたものが、そんなにいいものでもないことをもう知っていた。
 途中、エレベーターホールにある椅子で一休みしつつ、Mちゃんが一足先にもらった卒業アルバムを見せてもらった。「この人ってこの人と付き合ってたよねー」「えー? 聞いたことなーい」なんて、他人の顔を指しながら勝手なお喋りをした。
 気が済むまで喋ったあと、結局ビルを出て、近くのラーメン屋に入った。狭い街だけあって、クラスの男子グループとハチ合わせてしまったけれど、見なかったことにして奥の座敷に座った。
 その後のことはもう、憶えていない。ラーメンを待ちながら、Mちゃんはいつもは口にしないような個人的なことを喋ったし、私も今まで彼女に言わないできたことを喋ったと思う。でも、どうやって別れたのかどうしても思い出せない。きっと、いつもみたいに「じゃあ」「またね」と言って別れたんだろう。
 みんなの卒業式の後も、補習は順調に消化されていった。
 Pちゃんが一番最初に抜け、イケメンがそれと数日違いで抜けた。ふたりはそれぞれ校長室で卒業式をやったみたいだった。「こんなに何回も卒業式をやるのは初めてだ」と学年主任の先生が言っていた。
 私はひとりで生物化学講義室に残されて、一週間ほどこつこつとプリントをやっていた。窓の外の雪は目に見えて減っていく。晴れた日には春のにおいがする。誰も来ないので、堂々と二時間目から早弁をした。無音なので、箸の音さえ部屋に響いた。
 時々、この先に待っている卒業式のことを想像した。お母さんは泣くだろうな、とか、ひとりしか居ないから校長先生から直接卒業証書をもらえるんだな、とか、具体的なことを考える。一方で、卒業というものに全然実感がわかない自分も居た。
 この制服を脱げる日なんか来るなんて信じられない。こうして特別棟の隅にひとりで残って、学校の亡霊にでもなるほうが自分にはおあつらえ向きのような気がする。暗い廊下、重い制服、劣等感と卑屈な自意識。全部が身体になじみすぎた。卒業した後の世界なんて本当にあるのか、いぶかしく思う。

 それでも卒業の日はやってきた。
 平日だったけれど、お父さんもお母さんも仕事を休んで高校に来た。お母さんはやっぱり式の前からぐずぐずで、「本当に先生方からは良くしていただいて……」と半泣きで担任の先生に挨拶をしていた。
 校長室のドアの前で待機したあと、「卒業生、入場」の声で中に入ると、パイプ椅子を並べて二、三十人ほどの先生が待っていた。主にお世話になった先生はだいたい来てくれているようだったけれど、「運動会で転んでビリになったときもらう妙に温かな拍手」と同じ雰囲気の拍手で迎えられたのが恥ずかしく、誰が居るのか落ち着いて見渡すことができない。
 部屋の真ん前、ど真ん中にぽつんとひとつ置かれたパイプ椅子が私の席だった。普通の式と同じように、進行役の先生がプログラムを読み上げる。「校歌斉唱」と言うので、伴奏のテープでも用意してあるのかと思ったら、音楽の先生が「ラーラーララーラララーラ♪」と前奏部分を朗々と歌い上げたのでちょっと笑ってしまった。完全アカペラ。Pちゃんの卒業式もイケメンの卒業式もこうだったのだろうか。
 このまま笑って式の最後まで行きたいなあ、と思った。学園ドラマじゃあるまいし、やっとこさ卒業した落ちこぼれ生徒になって感涙にむせぶわけにはいかない。確かに私は、一度行方不明になったあげく授業に出なくなりテストは三百番落ち、この学校史上でも五本の指に入る落ちこぼれであろう。だからこそ余計、泣いたらダサい。
 ――めっちゃくちゃいい笑顔で退場してやる。ようやくこれでおさらばだぜ! って感じで。
 校長先生が挨拶をしに前に立つ。卒業生がひとりしかいないものだから、私は真っ正面から校長先生の視線を受けた。「豊島さん(仮)は、非常に感受性が豊かなようですが、それだけでは生きていけない」など、名指しばりばりの(つまり、ひとりの卒業生のためにわざわざ考えてくれた)挨拶が終わると、そのまま「卒業証書授与」に移る。
 校長先生は、その年で退職だったこともあるだろう、目を赤くして証書を差し出した。みんなと違う日付の書かれた卒業証書を受け取って礼をすると、条件反射のように目頭がつんとした。
 ――あー、やばい。
 唇を噛んでこらえようとした瞬間、背中の方から誰かがハナをすする音が聞こえた。しょっぱなから泣いているお母さんとは別の声だった。どの先生だろう? と思った瞬間には涙がこぼれていた。
 ――ああ、本当に終わったんだ。
 拍子抜けだろうか、心からの安堵だろうか。とにかく栓が抜けたような感じがして、私はぽかんとしていた。
 何があんなに嫌だったんだっけ? 何が気に食わなくて、何に対してもがいて、何が怖かったんだっけ……。
 長い夢を見ていたんじゃないかと思った。さんざんわがままを尽くして、親も先生も友だちも困らせたあげく「夢だった」なんてとんでもない台詞かもしれないが、そうとしか形容できない。今まで自分の全てに等しかった、むやみやたらな拒否感情が、卒業証書一枚でふっとんで、ただの過去になるなんて。
 PTA会長や市長の挨拶はない、送辞も答辞もない。卒業証書をもらったら式はすべて終わりだった。
「卒業生、退場」
 椅子を立ってドアのほうに向き直ったら、もう一度拍手が待っていた。今度はさっとでも先生方の顔に目を走らせてみる。保健室の先生、美術部の先生、家出した時の担任の先生……。だだっ子の私の面倒を見てくれた先生たちが、手を叩いてこちらを見守ってくれている。
 顔があつい。目からぼろんぼろんと水がこぼれて止まらない。おさらばだぜ、なんて豪快に笑う余裕はまったくなく、私は、多分真っ赤になっている顔を伏せて、早足に校長室を出た。
 廊下に出ると、遠慮なく頬をべちょべちょにして泣いた。すぐ横の職員玄関から、外の光が射し込んでいるのが見えていた。
 今日まで知らなかった。世界はこの学校だけでできてるんじゃないのだ。
 もう誰も私を笑わない。世界はひろいから、わざわざ私を見る人なんかいない。私は別に何者ってわけでもない。これから何をするのも、どうなるのも、自由だ。

 真新しい制服を着て、クラス章のピンバッジや生徒手帳、ちょっとしたお菓子や雑誌など、中学の時には持っていなかったものに囲まれて電車に乗っていた頃の気持ちはうっすらと憶えている。まだ親しくなかったMちゃんが隣に座っていた。
 クラスのみんなはどんなかな。みんな頭いいかな。部活何入ろう。先輩怖くないといいね。先生もね。
 春の朝の、まっさらな光が窓の形に電車の床に落ちて、カーブに差し掛かるとゆっくりと動く。
 あれはほんの三年前の話だ。あっという間に大きな手にもみくちゃにされて、放り投げられたようにこの三年は過ぎてしまった。
 また、春が来ている。雪が溶けてなくなったら、私は別の街へ行って予備校に入る。
 もうみじめな自分のためになんか泣かない、と思ったけれど、それが実際に達成されたかどうかは、また別の話だ。
1982年2月秋田県生まれ。都内某大学在学中の2002年、新潮社「女による女のための『R-18』文学賞」で読者賞を受賞しデビュー。著書に『青空チェリー』『日傘のお兄さん』(以上新潮社)、『ブルースノウ・ワルツ』(講談社)がある。今春、無事大学を卒業。『告知板としまhttp://fengdao.exblog.jp/
書き下ろし小説『檸檬のころ豊島ミホ
1470円(本体定価1400円)
23歳! 今、最注目の女性作家による
痛くてまぶしい、青春7ツ。
□□□□□「いっそ痛いと思った、
その痛みだけは思い出せた」□□□□□
初恋、友情、失恋、部活、学祭、進路、受験、上京……。
山と田んぼに囲まれた、コンビニの一軒もない田舎の県立高校の四季を舞台に、誰もが通ってきた「あの頃」の、かっこ悪くて、情けなくて、でもかけがえのない瞬間を、ヴィヴィッドに描き出した傑作青春小説。