内澤旬子(うちざわ・じゅんこ)

1967年生まれ。ルポライター、イラストレーター。
屠畜の現場を徹底的に取材した『世界屠畜紀行』(解放出版社/角川文庫)や、愛すべき男たちを描写する『おやじがきー絶滅危惧種中年男性図鑑』(にんげん出版、講談社文庫)、38歳で乳癌と診断されてからの心身の変化について綴った『身体のいいなり』(朝日新聞出版・講談社エッセイ賞受賞)など、著書多数。最新刊は『飼い喰い』(岩波書店)。
http://kemonomici.exblog.jp/

 着用はじめのころは、局所にはちと違和感があったものの、履き慣れてしまうと、そうでもなくなる。
 そして恥ずかしさすらも、だんだんと薄れていく。シンプルなデザインだけでなく、ちょっと飾りのついたやつでも、平然とつけられようになるものだ。
 ヨガの時だけつけるようにしていたのも、面倒になり、買い替えを進めるうちに、下着の引き出しの中は、ソングが九割を占めるようになった。
 慣れてみればソングがエロいと思う人の方がおかしいとすら思えてくる。綿の大きめのショーツの方が、よっぽどエロチックだと思う昨今である。


 で、すっかり慣れきった先日のこと。ヨガのレッスンの後で、仲のいい先生から
 「ジュンコさん、すっごいセクシーなパンツ、見えてましたよ。んもおー。フフフッ」
 とささやかれることとなる。ヨガパンツの股ぐりが浅目なうえに、足をあげたり広げたりなんだりしているうちに、キャミソールがめくれ、ソングの腰ゴムの位置が、上に上がってしまったのだった。

 履きはじめの頃は気を使っていたんだが、ウェストラインからちらっと見えてもまあいいか、くらいの気持ちになっていたのだった。そうそう、昔は自分も知り合いの腰履きパンツからソングの紐とレースが覗いているだけでドギマギしたんだっけ。懐かしいなあ。

 センセー、そんな素敵な理由じゃないんだって!!もう尻肉に弾力がないから仕方ないんですよおっ。これが一番ラインに響かないの!!あたしの歳になりゃ、先生にもわかるってば!!

 まぁったー。そんなこと言ってえ。フフフッ。

 いくら釈明しようとも、駄目であった。ソングのエロイメージは強固である。四十過ぎの尻には救世主のごとき構造だと思うのだが。

 こうして日々尻肉をごまかしたりなだめたり、眺めたりため息ついたりして、バレエ教室体験の日がやってきた。ソング着用三年目の初夏のことであった。

 山崎さんに連れられて、教室の門をくぐる。更衣室でヨガウェアに着替え、靴下を着け、K先生にごあいさつ。ショートカットの、さばさばした感じの方である。
 足のサイズを聞かれ、バレエシューズを貸していただく。シューズは底が革で、周りは布。薄いピンク色である。うひー恥ずかしい。
 クラスのみなさんは六人くらいだったか。いきなり混ぜていただき、準備体操。そこからクラシック音楽がかかる。おお、これまでヨガで音楽かかる時はあったけど、ヒーリング系がほとんどで、クラシックがかかることは皆無だった。さすがバレエ。

 首、肩、腰などをよく回したのちに、いよいよバーレッスンである。
 平たく言えば、片手でバーにつかまったまま、いろいろな動きをするわけである。とりあえず、動きの名称もよくわからず、プリエとかシャッセとか、頭の中ではああ、「テレプシコーラ」に出てきた言葉だなとか思うんだが、それがどういう動きなのかまでは結び付かない。
 もともとヨガの時もそうだったのだが、言語名称に気を取られると、身体が動かなくなる性質なので、ここはなにも考えないことにした。
 なので、見本を見せて下さる先生と、自分の前でやっている山崎さんの動きをただひたすらまねるだけ。
「無理はしないで」と先生に言われたとおり、まず足を外向きにしてまっすぐ立つことだけでも、無理。かなりの筋力を要する。足は腿も膝も足先も、すべて180度、外向きにせねばならない。
 身体の柔らかい子どもであっても、完璧にできなくて苦労するところだというのに(よく漫画で書かれるところだ)、大人の初心者ができるわけはないのである。
 ただ、読んで無理無理と思っているのと、出来ないことを前提でもいいから、やってみるのとでは大違い。
 先生に姿勢を矯正されながら、つまりは身体の各所に力を入れつつ、開ける角度で足を開き、ぎゅいいっと立ってみた。むむ? さらにそこから上半身を保ったまま、足を曲げて腰を落とし、踵を持ち上げて、また立ち上がる。
 これだあっ!!
 モルモン教徒が、ユタの地を見つけたときに発した言葉、This is the place!! が頭をよぎる。

 尻下部の、まさに私が憎く思っている場所に、力が入っているのがわかる。サシが入りまくりの、柔らかすぎる肉が、なんとか脳の指令に応えようと、ブルブル震えている。

 この五年間、他の筋肉たちが、ヨガスタジオでブルブル震えて頑張っていたころ、こいつだけはのうのうと軽うく散歩したくらい? の運動量で、震えることも瞬間細部を断裂させることもなく、暮らしてきたのだ。
 見つけたぞ。見つけたからな。こうすりゃここに力が入るんだな。もうお前をなまけさせるわけにはいかない。覚悟してもらいましょうか。

 両脚を外に開くこと。外旋。そういえば、これまで習ってきたヨガにはあんまりない動きである。上級クラスに行けば、あるんだろうか。
 立ちポーズというのは、バレエやヨガに限らず、さまざまなスポーツや舞踊で、しっかり教え込まれるものだ。
 体験したことはないが、乗馬、ソーシャルダンス、フラ、空手、相撲、漫画を読んだり、教育テレビの入門講座などを見る限り、必ずと言っていいほど基本姿勢について、丁寧な説明がある。それだけ大事なのだろう。それぞれ少しずつ違う。
 ヨガの場合の基本ポーズは、まっすぐ立つ、胡坐で(上級になれば両足をそれぞれの脛に載せ合って)座る、それと四つん這いの下向きの犬の姿勢、だろうか。この三つについては、どの先生も、特に丁寧に、教えて下さるような気がする。
 ヨガでは、脚は、前方まっすぐにして立つ。足を開いて立つときのように、片足だけ外向きに開くポーズもいくつかあるが、両足を百八十度開くことは、ない。
 そして立つときや四つん這いになるとき、足や手のひらは正面向きにつけていても内腿や肘下は、内側にねじるようにと言われるのだった。これに骨盤の向きや肋骨の角度、重心の位置、呼吸の入れ方などが付随するのだが、それはおいおい触れるかもしれないが、ちゃんとした知識として知りたければ、専門書を読んだほうがよいだろう。ここでは内旋させるということだけ、頭に入れてもらえればよい。

 その後ダンス用品の老舗、チャコットの店員さんにも、バレエとヨガと両方やると、身体を外旋と内旋とさせることになるから、バランスがいいんですよと言われることになる。
 いや、バランスどうこうのレベルには全然至っていない。ただ単純に、バレエの立ち方と同じ場所に意識して力を入れ、動かすだけで、たとえバレエの姿勢としては全くなっていなくとも(←ここ重要)、自分が習っていたヨガでは動かせなかったところを動かせるのだ。
 しかも基本の立ちポーズが狙い撃ちポイントをカバーしているのだから、他のどの動きをしても、だいたい尻下部に力が入る。つまりは私がいかにここを使わずに暮らしていたのかとも言えるのだが。

 もうそれだけで良いじゃないか。ていうか、他になにがあるというのだろう。プロを目指すわけでもなく、バレエを観るのは好きだけど、踊りたくてたまらないほど踊り好きなわけでもなく、チュチュやレオタードやカシュクールなどの、バレエウェアに憧れがあるわけでも、ない。
 いやいや、元をただせばヨガなんか、お祈りなんてうさんくせーなー、ベジタリアニズム語られたら面倒だなあ、とか心の中では文句タラタラではじめていたのである。
 むしろバレエには、そこまでのネガティブな感情もない。実にフラット。ただもうひたすら、メソッドに身体をまかせて動かしてみたい。それだけ。正直上手くなりたいという思いすら、今のところは、ない。

 レッスン終了後、K先生に申し込み手続きをお願いすると、

 え、もっと考えなくていいの?

 と吃驚したように言われる。

 はいっ大丈夫です。よろしくお願いします。

 私は元気よく言い放ち、教室を後にした。さあ、まずはバレエシューズを買いに行こう。