内澤旬子(うちざわ・じゅんこ)

1967年生まれ。ルポライター、イラストレーター。
屠畜の現場を徹底的に取材した『世界屠畜紀行』(解放出版社/角川文庫)や、愛すべき男たちを描写する『おやじがきー絶滅危惧種中年男性図鑑』(にんげん出版、講談社文庫)、38歳で乳癌と診断されてからの心身の変化について綴った『身体のいいなり』(朝日新聞出版・講談社エッセイ賞受賞)など、著書多数。最新刊は『飼い喰い』(岩波書店)。
http://kemonomici.exblog.jp/

 バレエシューズの靴底は二つのパターンがあり、ひとつながりになっているものと、土踏まずの部分で分断されているものとあるのだ。初心者はどうとかいうことでもなく、お好みらしい。

 バレエの足先は、上げたときに足の甲がせりだすくらい、つま先を延ばすというか、曲げるというか、そんな形になるのが望ましいらしい。ポワントという。足首が固く、寝ているときにも足首に対して直角のままにしかならず、布団に隙間がすかすかできるのが困るくらいの私には程遠いというか、ほとんど不可能な形だ。

 しかしポワントは、どうやら足首や甲の柔軟性だけで形作るものではないようなのだ。足の裏の筋力で引っ張り支えて作りあげる。これまで一度も力を入れたことがない場所なんじゃないだろうか。体験レッスンの時にも力が全然入らなくて困ったのだった。

 すこしでも力が入れやすいかもしれないと、靴底が二つに分かれているタイプを出してもらうことにした。しかしなんだか履いてみると頼りない。やっぱりひとつながりになっているものにします。

内澤旬子 冷や水の女 バレエシューズ
 

 サイズは25センチを出してもらう。どういうわけだか表記は通常の靴のサイズよりも1センチから2センチ大きめで、ぴったりなのだった。店員さんが足先を触ってくれ、ぴったり過ぎるからと、26センチと履き比べさせられ、26センチのほうが良いということになった。すこしゆとりがあった方がいいらしい。私の普段の靴のサイズは24センチだ。

 試着用には薄いピンク色のシューズしかないので、ベビーピンクを履いていたが、やはり違和感が激しい。汚れやすい色だし、黒でいいよなあ。と理屈をこねてみる。
 人生の中でほとんど着たことがない色、と先ほど書いたけれど、ピンクはピンクでもサーモンがかった濃いピンクだとか、僅かに紫がかったあざやかなフューシャピンクなどを身に付けるのは大丈夫。全身はキツイけれど、ストールやシューズやネイルなど、ピンポイントで使うのに、そう違和感はない。くすんだグレージュピンクならブラウスくらいまで大丈夫。
 薄いさくらの花びらのような、ベビーピンクが、やはりダントツでどーにも苦手なのだった。
 昨今バレエウェアはいろんな色が取りそろえられているし、タイツだって靴だって黒があるわけで、ピンクを避けることはそんなに難しいことではない。

 しかしなんだって自分はこうも薄ピンクとひらひらから逃げたがるのだろうか。ウェアと靴を選びながら考えこんでしまった。
 別にお稽古なんだから、人前で着るわけでもないんだし、そこまで避けることもないんじゃないか。着用している先輩方を見て、似合わないとか思っているわけでもない。むしろかわいいと思う。

 そりゃ黒の方が足が細く見えるという利点はあるのは認めよう。しかし、私の買ったスカートは、ヒラヒラした巻きスカートよりもはるかに体型を隠してくれない。伸縮する素材でできたミニタイトなので、腰や下腹のラインは出てしまう。

 これはつまりどういうことなのかと言えば、自分の許容度としては、アダルトはOK、可愛らしいのはNG、ということだ。

 やっかいなことに歳相応にしたいからということではない。成人前からこの基本ラインは不動なのだった。
 O脚を改善させ、足首をサイズダウンさせて以来、「ひざ丈スカートも着てみていいんじゃないか」とすこしずつ着てもいいものを増やし、NGラインを後退させてきたとはいえ、それでも「可愛らしい」のラインは不動にしてアンタッチャブル。我ながらなにやら根深いものを感じなくはない。

 しかし気にしたところでどうにもならない。苦手なものは苦手なのだ。将来認知症になって、なにかのタガが外れてベビーピンクでフリルヒラヒラの服を着たがる人になるかもしれない。それも面白いではないか。

 バレエシューズに話を戻す。
 シューズの形は、ゴムバンドがついているものと、靴の周りにゴム紐が入ってて、つま先のところで引っ張って調節して結ぶタイプがある。

体験レッスンの時に、紐を結ぶタイプを履いて脱げかかったので、ゴムバンド付きの黒を買うことにした。レジで精算をするときに、先ほど買ったヨガウェアと袋をまとめてもらいながら、これまでヨガをやっていたことを話す。「それはいいですね。バレエは下半身を外旋させますが、ヨガは内旋させますから、バランスがとてもいいんですよ」と店員さんは心から嬉しそうに言う。ああ、本当にバレエを愛している人なのだなあ。

 言われてみればと思いだす。ヨガで下向きの犬のポーズをとるときに膝下はそのままにして、腿を内旋させるように、と言われたことがあったっけ。腿を内旋させると自然に下腹の奥がぐぐっとたくしこまれるような気がする。すべての先生が言うわけではないんだけど。

 バレエはこれと逆の動きをするわけなのだから、下半身を外旋させることで、下腹の裏に位置する尻肉がぐぐっとたくしこまれるように動いてくれるということなんだろうか。自分の身体で感じてみたいところだが、まだまだ正しい動きもまったくできないというのに、あれこれ身体に聞いても結論はでない。なんかそんな気がする、というだけのこと。 
 ヨガと同じように、やっていくうちに、だんだんと身体が変化していく様子を確かめるしかないだろう。