内澤旬子(うちざわ・じゅんこ)

1967年生まれ。ルポライター、イラストレーター。
屠畜の現場を徹底的に取材した『世界屠畜紀行』(解放出版社/角川文庫)や、愛すべき男たちを描写する『おやじがきー絶滅危惧種中年男性図鑑』(にんげん出版、講談社文庫)、38歳で乳癌と診断されてからの心身の変化について綴った『身体のいいなり』(朝日新聞出版・講談社エッセイ賞受賞)など、著書多数。最新刊は『飼い喰い』(岩波書店)。
http://kemonomici.exblog.jp/

 ところでこの汗をどうにかする商品群。自分の体臭に敏感になる、思春期の女子学生たちには、マストアイテムだったように思う。ろくに汗もかかない女の子までもが体育のあとにプシュプシュやりつづけ、商品と商品の匂いがぶつかり合い、得も言われぬ悪臭となり、女子が着替えをしたあとの教室に男子が入って来ると、まず窓を開けて換気したものだ。なつかしい。

 で、当時の私はと言えば、真夏であっても汗をまるっきりかかないという体質。明らかに身体の機能のどこかが不全であり、いいことではなかったし、当時も少しは気にしていたものの、便利なことこの上ないので放置していた。
 いたずらにビオレの制汗スプレーを買ってつけてみたものの、なにが気持ちいいのかわからない。むしろ肌にひやっとした異物がへばりつく感じがものすごく嫌で、使い切ることなくお蔵入りとなった。

 以来四十歳になるまで、汗というものをほとんどかくことなく生きてきた。

「内澤さんはいつも涼しそうな顔をしている」と夏になるたびに汗かきの人から恨めしそうに言われたものであった。ひと夏にひとりはこのセリフを吐く人に出会ってきた。嬉しくもなんともない。
 ひっくり返せば極度の冷え性ということなのだ。冷房もすさまじく苦手。これはこれで大変不便で不健康このうえない状況だったのだ。
 冷房にあたり続けた会社員生活では、もともと不連続だった生理が秋には無排卵のまま止まらなくなったりした。真夏であっても裸足にサンダル履きもできなかったのだ。
 アイスコーヒーや冷やし中華やざるそばも、ほとんど食べられなかった。身体が冷えすぎてしまうからなのだった。真夏の喫茶店でこそ、しょうが紅茶やマサラチャイを頼みたくなるのだ。もちろん夜寝る時も冷房はつけない。

 それがヨガをはじめたからなのか、癌になったからなのか、因果関係ははっきりしないのだが、生理が順調に来るようになるとともに、冷え性が随分改善された。ま、普通に考えてヨガのおかげだろう。
 夏にサンダルを履いたり、足首をみせる服を着ることができるようになるなんて、自分史上信じられなくて、本当にうれしかった。ま、今年で五年も経つので、夏にサンダルは当たり前、という「贅沢」に慣れつつあるのであるが。

 ともあれ、そんな嬉しい話はさておき、汗である。
 冷えが改善するとともに、汗で人並みの苦労をするようになった。世の人々はこんなに汗で苦労していたんかい、と思い知る。
 なにしろ汗年齢四歳(2011年当時)なんだから、驚きの連続なのだ。シャツの腋下に汗染みを作ったときには、お、おしっこ漏れてるみたいに濡れるものなんか……と慌てまくった。いやだから汗脇パッドなるものが売っているのだが。

 これまで足湯をしたところで、必死に熱い湯を足し続けて、やっとじわっと身体全体が温まるくらいだったのに、ぬるい湯に半身をちょっと浸けただけで、手の甲や指先、頭皮のなかまでダクダクと汗が噴き出るようになった。肌の上にプチプチと水滴が出来、みるみるうちに膨らみ、水滴同士がつながって、たらりと流れ落ちる。ひーやー。

 ヨガをやっていても、夏場になるとマットにぽたぽた汗が滴るようになった。おかげで今までそんなに飲めなかった水もたくさん飲むようになった。ついでに言えば、あれほど嫌っていた冷房にも強くなり、真夏の熱帯夜には自らすすんで冷房のスイッチを入れるようになった。人間変われば変わるものだ。

 かこうと思って汗をかくのは気持ちいいものだ。やりすぎは良くないらしいし、身体に本当にいいのかどうかは諸説あるけれど、悪いものを外にだしているような、すごくいいことをしている気分になることは確かだ。男の人がサウナに行きたがる気持ちはこういうことだったのか。

 しかしかいた汗はすぐに流し去りたいのである。
 私がメインに通っている近所のヨガスタジオにはなんとシャワーが二つもついている。スポーツクラブならともかく、ヨガスタジオでシャワーがついているところは稀だ。他のスタジオに行くときには、そそくさとタオルを胸に突っ込んで汗を拭って着替え、電車に乗って帰る。他の女性たちを横目で見ると、だいたい汗ふきシートを活用している。
 私も汗ふきシートを何回か使ってみたけれど、これもまたスプレーと同じく、肌に薬品がつく感覚がなじめない。長らくアトピー性皮膚炎だったので、肌になにかつけるのがどうにも怖くて慣れないのだ。

 バレエのレッスン時にかく汗の量は、ヨガの時とは比べものにならなかった。はじめたのが夏場だったから余計にそう感じたのだが、はじめのバーレッスンをしているだけで、汗がどんどん噴き出して、目に入って来て驚いた。
 汗が目に入るなんて、これまで生きてきてありえない。しかもやっていることは、見た目は運動にも見えない動きなのである。バーにつかまって、飛びもしなけりゃ走りもしない。ただ姿勢を正して、足や手を上げ下げしているだけなのに。

 体験のときは、動きを追うだけで精一杯だったけれども、だんだん慣れてくると、先生からここに力を入れるように、と指導が入る。腰の位置ひとつとってもほんの少し角度を変えるだけで、猛烈に腹まわりの筋を使う。
 どうやらちゃんとやろうと思えば思うほど、できるようになればなるほど、汗の量は増えゆくようになっているらしい。まだまだ私の体内には、ポーズをとるのに使わなくてはいけないのに、ちゃんと使えていない筋肉が山のようにある。ひとつひとつ意識して動かせるようになるごとに、どんどん汗だくになるのだろうか。すげえ……。

 ともあれ、まず初めにバーレッスンで指導されたのは、腰だ。
 どうやら私の立ち姿は、腰が反りすぎているらしい。お尻がでているのだ。ほんの五度くらい、骨盤を後ろに傾ける、つまり尻の下とへそをひっこめてと、鏡をみながら指導される。お腹を背骨にくっつけるように、薄く保つようにして、腰から上、あばらや首の姿勢はあくまでも真っすぐ、ぴんと上に向かって伸ばす。はいこんな感じ。身体に手を添えられ、ちょいちょいと矯正される。

 ぐぐ。立ちつづけるだけで、全身ブルブルしてくる。この上半身を崩さずに、足をアンドゥオール、外向きにしたまま、片足を前に出す。横に出す。後ろに出す。後ろから前に滑らせる。
 軸足の付け根から腰にかけて、持ち上げるように伸ばしていないと、足を滑らせるときにつっかえてしまう。
 二本の足は同じ長さのはずなのに、つっかえるとはこれいかに。上げ下げしている足は外向きにしてさらにポワント、つま先を延ばして上げる。足を下げて軸足に近づけるときには踵はフレックス、つまりポワントを解いて直角にしているのだが、その間も足全体はピンと伸ばした状態。

 人体とは不思議なもので、軸足を意識して引きあげずに放置していると、動かす足より短くなるのだった。腿の前側から腰にかけての部分にぐっと力をいれて引きあげねば、足は後ろから前になめらかに移動してくれない。
 とまあ、こんな感じでバーにつかまって足を上げ下げ曲げ、回す。時間にして三十分もないのであるが、汗が噴き出るのである。
 このままクラスの流れを説明すると、バーレッスンの後、バーを使って後股関節や下半身のストレッチをして、センターレッスンといってバーにつかまらずに立って手足を動かす(いずれ後述))。そしてそのあとにいくつかのパ(ポーズといっていいのか、最低限の動き)を組み合わせたアンシェヌマンを二つほど、左右両方向きを変えて行う。
 平たく言えば、踊りである。曲に合わせて二人ずつ、センターで踊る。これもまたいずれ後述するが、ほんの二分にも満たないものなのだが、愕然とするほどできないため、汗はひとつもかかない。
 そして最後に、どーんとハードな筋トレがある。これもまたいずれ後述するが、腹筋背筋その他いろいろ、がっつりと行う。腹筋などは毎日同じにならないようにと、こまかくメニューを変えたりして、腹周りの筋肉を余すところなく使うよう、考えてくださっている。
 そうして軽いストレッチをしてレッスン終了となる。

 賞味一時間半、ダラッとネットサーフィンでもしていればあっという間に過ぎる時間であるが、汗びしょびしょの、くったくたになるのである。

 レッスン後、汗をなるべく丁寧に拭ってから着替え、昼食をとり、カフェに移動してパソコンを開く。
 いいかげん仕事をしなければ、洒落にならない状況なのは、だれよりも自分がわかっている。わかっているのだけれど、キーボードに指を置き、口を開けたまま気絶してしまう。

 なななななななななななななななななななななななななななななななな
 ハッと起きるとワードファイルに同じ文字が数行にもわたって並んでいる(私はかな入力なので、ひらがななのだ)。それでも家で寝るよりは、短時間で起きるからマシだと再びパソコンに齧りつく。以下繰り返し。仕事、進まず。
 当時はまだこのエッセイを書くことも決めていなかったため、「ネタ/取材である」という言い訳すら成り立たなかった。

「いやー踊ってて、原稿遅れてまして」と連載エッセイ『黒豚革の手帖』をかかせていただいている本の雑誌社の担当編集者、杉江さんに正直に申告したところ、文楽人形のようにくわっと形相が変わったのが、電話口から伝わって来た。そりゃあ、そうだろう。ごめんなさい。
 なぜそこまでやっちまったのかと問われても、自分でもよくわからない。気がついたら夢中になっていたのである。我ながら恐ろしいほど、身体いじりは癖になるのであった。

 11月に入る頃、私の身体は運動量に慣れてきて、レッスン後に気絶せずに済むようになり、バレエ廃人状態からすこしずつ復帰することができた。よかったよかった。
 そしていつのまにか腰骨から数センチ内側にはいったところにえくぼができていた。え、腹はヨガですでに絞れているんで、別にこれ以上鍛えなくてもいいのだが。なんで腹だけが締まっていくのか。

 尻下の肉は皮肉にもそこまで変わってくれない。しかし心なしか上がって来ているようでもある。いやいやまだまだまだまだ。腹がここまで変われるんなら、尻も変わってくれなきゃ。おまえら同じ個体の地続きの肉だろうがよ。と、大鏡を挟んで肉を叱咤してみる。
 それにしても人間の身体は偉大である。こんな初老の身体ですらも、鍛えれば応えて強化されてゆくのである。いや初老だからこそ、鍛えりゃ変わるということに執着してしまうのだろうか。


以下次号