内澤旬子(うちざわ・じゅんこ)

1967年生まれ。ルポライター、イラストレーター。
屠畜の現場を徹底的に取材した『世界屠畜紀行』(解放出版社/角川文庫)や、愛すべき男たちを描写する『おやじがきー絶滅危惧種中年男性図鑑』(にんげん出版、講談社文庫)、38歳で乳癌と診断されてからの心身の変化について綴った『身体のいいなり』(朝日新聞出版・講談社エッセイ賞受賞)など、著書多数。最新刊は『飼い喰い』(岩波書店)。
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 足裏エクセサイズの効果?は、なぜかまた即ヨガにでた。なぜなんだ!ヨガは裸足だからか?
 ヨガの場合、両足で立つときに、足の裏の四点に重心を置いてアーチを作るように心がける。先生の先生くらいの熟達者になると、土踏まずが床から完全に浮いて、足の向こうか見えるという。前後のアーチはなんとなく意識できる。実際に浮かなくとも、意識がその部分に届くといえばよいだろうか、そうなると、力が込められるようになるし、重心も置けるようになる。
 ヨガをやってきて思い知ったのは、背中に呼気を入れろとか、左のわき腹のココを前に出せとか、身体のさまざまなパーツに対して何らかの指令が下っても、そこがどこなのかわからないことが実に多いということだ。先生にアジャスト、つまり該当部位に手を添えてもらってようやく「そこか!」と意識できるようになることも。バレエももう少し上達すれば、いろいろわかるようになるんだろうか。
 いい例が足の指で、はじめのうちはグーチョキパーどころか、親指を横に広げることすらできなかったのだが、少しずつできるようになり、足の指を広げて立つコツも、すこしずつわかってきたところだった。
 で、足裏エクセサイズをするようになってからしばらくして、突然親指の付け根と小指の付け根でアーチをつくって立つ要領がわかったのだ。うお、これかーっ!!という感じだ。意識がそこに届くようになるのに、筋肉が必要なのだろうか。動かすことで神経も育つのだろうか。いやそもそも「届く」のが神経なのかもよく知らないのだが、このわかるという感覚は、実におもしろい。
 一度わかると、丸ごとでしか認識していなかった爪先に、五本の指が生え揃ってきたように思える。手塚治虫の漫画「どろろ」の、百鬼丸が、身体のパーツをひとつずつ取り戻していくときのようだ。もともと指はあるにも関わらず、偽の指がついていたような気がするのだ。
 そういえば脳出血などで肢体を動かすのに不自由になった人のリハビリにも通じるようにも思える。ということは、筋肉を鍛えるといいながらも実のところは脳を鍛えているのだろうか。わからん。
 ちなみにバレエシューズを履いて立っても、いまだに床を掴むという感覚は全然味わえていないのだった。むう、なぜなのだ……。

 単純に筋肉がついて、できるようになったポーズもある。バックベンド、いわゆるブリッジのポーズだが、これまでは頭を浮かせて、爪先立ちになるくらいまで。これでもなかなか大変なのだ。子どものときに軽々やっていたのが不思議なくらいで、息を止めないように、ちゃんと深く呼吸しながら、ポーズを保つようになるまでには、それなりに時間がかかった。そしてそこから「先」にはまるっきり進まなくなって、三年くらい経っていた。
 そもそもヨガをやっていて「先」を急ごうと思うことはあまりなく、ここまで出来ただけでも十分、と満足していた。

 このバックベンドの「先」、つまり発展ポーズのひとつは、片足を地面から離して上げたり、片手を床から離して腿に当てたりすること。もっと「先」に行くなら、バックベンドの状態から立ち上がったり、ハンドスタンド、逆立ちをしたりするんじゃないかと思う。そこまでいくとシルク・ド・ソレイユや、上海雑技団の域かと。さすがにハンドスタンドまでやる方には、お目にかかったことがない。

 片足を上げてみましょう、とはじめて言われたときは、できっこねえええええ!!と心の中で叫んだ。脚はピクリとも持ち上がらなかった。動かせばポーズが崩壊するのがはっきりとわかった。下手に崩れると、頭頂を床に打ち、頚椎をグキリとやりかねないし、手首を傷める可能性も高い。手首はまだいいとして、頚椎は怖い。恐ろしくてとてもじゃないが挑戦できない。先生も、だから決して無理にはやらせたりはしない。

 ところがこれも新年を越したあたりで、足も手も上がるようになった。なんといえばいいのか、「あ、あがるな」と、バッグベンドをしながらふと思えた。で、やってみたらその通りとなったのである。

 これは明らかに脚と腹の中の筋肉がついたせいだと思う。バーレッスンで上体を動かさずに脚をぶんぶん前に後ろに上げていただけある。バレエのポーズとしては、なにひとつ美しく決まってくれないが、「こうあれ」「ここ動くな」などと意識しながら動かすことで、それなりの部分にかなりの筋肉がついてきているということだろう。もちろんヨガだけをやっていても回数を増やしていれば、できるようになっていたと思うんだが。

 腹にはえくぼ、アキレス腱や腿の筋肉は浮き出てと、身体には立て続けにバレエ効果がでてきているのに、バレエ自体はさっぱりきっぱり上達のきざしはない。子どものときのようには焦らないとはいえ、もうすこし何とかならないものか。
 歳なんだから、そんなに上達できないんだと言い聞かせつつ、だんだん慢心して、欲がじわじわむくむくとにじみ出てきた。

 まずは脚をもっと外向きに開けないか。信号待ちや、電車に乗るときなどに、脚を五番のポジションにして腹を引っ込めて立つことにしてみた。
 そんなある昼下がりの横断歩道にて、五番立ちをしていたら、ビキッと嫌な音が右足の付け根の外側に響いた。

 あ。

 ちょっと痛めたかな、という印象にすぎなかった。はじめは。ただ、バレエに行って脚を外向きに開くと、右足の付け根が痛い。外向きのまま前屈しようとすると、さらに痛い。

 実はこの六年間、ヨガをやっていて、何度も何度も細かく各部位を痛めてきた。手首も、腰も経験済み。ちょっと身体を過信して無理をすると、やらかすのだ。手首に関しては完全に腕の筋肉不足である。筋肉でカバーせず、関節にそのまま体重をかけてしまうと、やってしまう。
 手首を傷めるとやっかいで、単行本を寝ながら読むだけで痛む。荷物も持てない。なにより私がやっているヴィニヤサヨガのポーズは、半分くらいが手を床について行うものであるし、一番基本の太陽礼拝から下向きの犬のポーズまでの一連の動きには、腕立て伏せから前後に伸び上がるポーズが含まれる。これをやると、確実に手首に負担がかかる。だからヨガを休むしかないのだが、休んでいると、痛めていない部分の筋肉は落ちてしまう。
 ていうか、痛める理由がだいたい筋肉不足なのに、休ませているとさらに筋肉が減るのだ。折角これまでじわじわと積み上げてきた筋肉が、無になるとまではいかなくても、一割減、二割減、となる。三歩進んで二歩下がるどころか、賽の河原で積んできた石をガラガラ崩される気分だ。

 こちとら時間がないっちゅうのに。

 休ませることが回復につながるのもわかる。でも休ませすぎてしまうと筋肉がヘタってどんどんできるものもできなくなってしまう。かといってヘタにやっちまうと、なかなか回復しないで、ずうっと痛い。無理を重ねればよりこじらせる危険もある。
 毎回毎回これの繰り返しなのである。

 今回の腰は、そこまで痛くない。歩いたり、座って原稿を書いたりする分にはまったく痛くない。それでもバレエに通ううちに、足の付け根はどんどん痛くなった。さすがに通う回数を減らして、ヨガを増やした。ヨガならば脚を外に開くポーズが限定されている。一応慣れているので、加減することもできる。股関節を使うポーズは限界の三歩前で止めた。

 そうこうするうちに、イスラエルに取材に出かけねばならなくなった。もともと腰痛を長くわずらってきた身。やわらかいベッドがなにより苦手で、五つ星のホテルですらも床に毛布を敷いて寝るときもある。イスラエルは物価が高いため、予算をケチったこともあり、ベッドのスプリングはふわっふわである。しかもとんでもなく冷たい石の床にして、夜はキンキンに冷える砂漠。床に寝ることもできない。

 しかも、荷物は重い。
 北部の村のバス停に迎えにきたガイド氏が、バックパックを持ち上げて
 「おまえ、エルサレムで生肉でも買いこんだのか」と顔をしかめた位、重い。
 パソコンの他に持ち歩いた資料が半端なかったのだ。なにしろこの国、二千年の間にいろいろありすぎた。虐げられ、移動し、流浪し、言語は分かれるわ、虐殺されるわ、近代になって無理やり建国して、それまで適当に仲良くやってた、アラブムスリムと戦争もはじめるわ、である。現在も国際紛争のトップランナー的存在を返上することなく、パレスチナを攻撃し、イランとにらみ合っている。たかだか肉食習慣についての取材とはいえ、宗教上の戒律に関わるし、どこになにが絡んでくるのかわからないので、この、あたまに入りきらない二千年の歴史を持ち歩かねばない。

 ネタの宝庫なのだから、イスラエルとユダヤ人について書かれた単行本は、非常に多い。洋書に行き着くゆとりもない。そしてまた困ったことに一冊が分厚い。
 さらに。人文歴史書の版元の悪い癖で、ページ数があるっていうのに、本文紙をわざわざ重いものにして、二ミリと分厚いボール紙の表紙までつける。本を軽くして読みやすくしようという気がさらっさらないのだ。
 その重さと言ったら、殺人的だ。最近ようやく学術書が軽い並製になりつつあって、製本屋さんの経営は大変だろうが、私としてはうれしい。

 手首をよく傷めることもあるし、普段東京で歩くときにだって、パソコンの他にヨガウェアや水も持ち歩くものだから、重い本はなによりも憎いのだ。そして資料として読む本に、軽い文庫や新書は大変少ない。
 悪いことは重なるもので、予算をケチってタクシーを使わずに公共の交通機関を利用して移動していたので、しょっちゅうこの石のように重いバックパックを背負わねばならなかったのであった。

 もちろん滞在中もヨガをして身体をほぐすようにはしていた。そもそも六年前にヨガを始めたのは、旅先で倒れて動けなくなったことがきっかけなのだった。
 倒れたのは国内でだったが、当時は海外取材のときの疲労っぷりも半端ではなかった。海外で倒れると医者に行くのもいろいろ面倒である。身体をその場でリラックスさせる方法を探さないと、仕事を続けることは不可能だろう。なにかいい方法はないか。

 リラックスで一番に浮かんだのは水泳だったが、滞在先はあいにく常に安宿で、プールのあるホテルなんかほとんど泊まった事もない。ジョギングはどこでもできるということではとっても魅力的なのだが、地理音痴のわたしはつねに街では道を聞きまくって移動するため、全然ジョギングにならないだろう。それに走っている間、安宿に貴重品一式を置いておいていいものかなどをいちいち考えるのも、面倒だ。

 太極拳をためしたこともあったのだが、結構広い場所が必要なので、これも難しい。以前にも書いたかもしれないが、イスファハンの安宿の中庭でやっていて、カラテの人と間違われて恥ずかしかった。部屋の中でできるのが一番いい。ヨガならばマット一枚の上で全てが完結する。留置場だって大丈夫だ。

 ヨガを始めた当初は、海外に出ても室内でこっそりヨガをしていた。ところが。だんだんとインストラクターの導きなしでも気に入ったポーズの組み合わせもできるようになり、
 まあ、ホテルの人に万が一見られてもいいや、となり、昨年夏にタイのビーチに休暇で出かけたときに、海に面した東屋で、ヨガをしてみた。
  これがものっすごく気持ちよかったのである。外ヨガ、恐るべし。インストラクターの導きがないと、呼吸の深まりは浅めになるのだが、それでも海の力はすごい。夜も昼もヨガしまくり。以来綺麗な場所さえあればヨガをするようになった。

 で、イスラエルである。予期しなかったのだが、三月はベストシーズンとのことで、北部のキブツと呼ばれる集団農場に行ったら、村の外には緑に覆われ、花が咲き乱れている平原が広がっているのだった。あと二週間後には黄色くなり、そして一年の大半は茶色い焼け焦げた大地だとのこと。なんという幸運。しかもキブツに住むガイド氏は肥満からくる腰痛改善のために、ヨガをやっているのだという。
 よし、じゃあ一緒に外でやろうぜ!!ということになり、トラクターにゴザを積んで、集落から遠くはなれたビューポイントまで連れて行ってくれた。平原の先に小さく山が連なる。その向こうはゴラン高原だという。実はいまトラクターで走ったところ、すこしパレスチナ領に入ってたんだよと笑う。ここまで紛争が身近にあるにもかかわらず、「平和」で美しい場所もない。この世の矛盾がむき出しで迫ってくる。

 という摩訶不思議な場所で、ヨガ。見渡す限り、家も電線も、ない。すぐそばにきな臭い国境はあるものの、いやだからこそなのかもよくわからないが、思い出すだけでよだれが出るほど気持ちよかった……。乳癌の最後の形成手術から四年。イスラエルまで出かけて、出会って間もない人と野原でヨガをするようになるとは。いろんな意味で、遠くに来てしまったではないか。