みそずい〜ミソジのつぶやきレター
大久保佳代子さま

前略 大久保さんがそんな恋愛をしていたとは、初めて知りました。大久保さん、私に恋愛話したことありませんもんね。私がいつも、エロい事ばかり考えている大久保さんを、異常に嫌うからですか? 恋することは素晴らしいと思いますよ。私は、友達のノロケ話を聞くのも好きだし、けんか、浮気の話を聞くのも大好きですよ。
 でも、大久保さんは別なんですよね。なんだか、親がエロ本を隠していたのを見つけてしまったような、飼い犬に足を掴まれ腰を振られたような、そんな気持ち悪さを感じてしまうんですよね。「えー!? 側でそんなこと考えてたのぉ?」的な、なんか、とにかく気持ち悪いんですよね。
 一言、言っておきますね。大久保さんも、しょーもない男と付き合ったもんですね。……ふふふっ。ま、でも良かったですね。器が少し大きくなったんじゃないですか?

 別れですかぁ……。1年前の今頃、実家の犬が死にました。3代目タローです。14年生きました。犬にしては長寿だったんじゃないかと思います。うちの親は犬には必ずタローという名前を付けます。なぜだか分からないけど、犬はタローじゃないといけないんですって。
 その3代目タローですが、私にはなつかない犬でした。私が上京した後に飼った犬で、仔犬の頃に遊ばなかったし、年に1、2度会うぐらいで、タローは私を家族だと思ってなかったようです。犬はランクを付けるというじゃないですか? 明らかに私の位置づけは、タローの下でしたね。14年間、私が名前を呼んでも1度も振り向きもしませんでしたからね。
 タローは雑種でした。本当は、知り合いからシェットランドシープドッグをもらう予定だったらしいのです。知り合いの飼う雌のシェットランドと、雄のシェットランドをお見合いさせ、血統証付きのシェットランドを産ませる予定だったのです。そして、そのうちの1匹をもらう予定だったのです。両親は楽しみに待っていました。しかし、生まれてきた子供は、「ありゃりゃ、野良に犯されちゃったか?」な、明らかにシェットランドではない子供だったのです。もらうと約束していたし、飼い主の方も、その子をどうしようもなく、うちが引き取ったのでした。
 母親似のシェットランド特有の長い顔と、父親似の雑種特有の短い毛をもった犬でした。体が少々太っていたため、遠目で見ると、ツメのついたカニクリームコロッケのようでした。
 見た目がブサイクなその犬を、両親は可愛がりました。子供たちがみな出て行き、寂しくなった実家を明るくしたのはタローでした。私はタローに感謝しています。「お前のおかげで両親が健康でいられたし、ボケもしなかった」と。
 実家は禁煙です。「吸ってもいいよ」と言うくせに、嫌煙家の父と母は私がタバコを吸うと、嫌味の一つとゲッホゲッホをやり出すので、タバコは庭で吸うしかありません。しかし、庭に出てプカーッとやると、今度はタローがクッシュンクッシュンやりだすのでした。
 それは嫌味を言う父と母にそっくりでした。「お前のとこに煙届いてないだろ?」な距離でも、クッシュンクッシュンやるのでした。「お前とは仲良くなれそうにない」いつもタローに言っていました。

 タローはよく、お座りをして、ぼんやりと遠くを眺めていることがありました。そのたたずまいは哀愁があり、とても詩的でした。背中には、哲学すら感じさせる雰囲気がありました。
 ただ、一見、素敵なタローですが、正面にまわって見ると、たいていチンコがでれぇーんとしていました。頭の中はエロいことでいっぱいの犬でした。春ならともかく、年がら年中チンコをでれぇーんとさせているのは、ご近所の手前、恥ずかしかったです。「飼い主に似る」と思われたら嫌ですからね。切ない顔をして遠くを眺めているタローを見つけては、私はチンコのチェックばかりしていました。2回に1回は「こらっ!」と言っていました。

 ある日、母から電話がありました。「タローが癌になった」と。タローはすでに老犬といって十分な年齢でした。「どんな様子なの?」あまり深刻にならないように、あえて軽く聞くと、どうやら元気だと言います。ん? 詳しく聞くと、肛門におできができたようでした。「それは癌じゃなくて痔じゃないの?」 しかし母は癌だと言い張りました。獣医さんいわく、犬は歳をとると、細胞がバカになって、体のいろんなとこに、おできができたりするんだそうです。そのおできは取ってもまたできてしまうから、きりがないそうです。「これを癌と言わずして何と言う」と母は言っていました。

 笑い話として済ませていたのですが、実家に帰った時びっくりしました。おできは、栗ぐらい大きかったのです。値段の高い方の栗の大きさです。肛門にぶらんぶらんと、ぶらさがっていたのです。
「どうしてこんなに大きくなるまでほっておいたの!」
 何度も獣医さんに相談したそうです。取ってもまたできるから、と塗り薬を渡され、現状維持に努めていたが、おできはみるみる大きくなっていった、と。けっこうな大きさになった時、手術しようとしたが、タローが老犬なため麻酔をかけられない、と。麻酔なしで手術はかわいそうだし、麻酔してそのまま目が覚めなかったら……で、今に至る、と。
 あんなにタローを愛している両親が、やれることをやらないはずがありません。私がとやかく言っても無駄でしょう。タロー本人は、痛くないのでしょうか? 全くおできを苦にする様子はありません。それより、歳なんでしょう。痩せて、毛にツヤがなくなり、目が白っぽくなっていました。それが心配でした。ただ、やたら元気でした。

 半年後、実家に帰りました。タローのおできはまた大きくなっていました。タローは座敷犬ではありません。外で暮らしています。本人は外が好きなようです。ただ、外なので、座ったりすると、おできに砂がついてしまいます。大きくなり過ぎたおできは、常にうっすら血がにじんでいます。
 そこで母は、高級フルーツを育てる時被せる袋のような、「おでき巾着」なるモノを作っておできに被せたそうです。しかし、タローが嫌がって、すぐにはずしてしまうんだそうです。タローの小屋の周りには、すのこが敷き詰められていました。おできに砂がつくのを防ぐためだそうです。痛みは本人にしか分かりません。痛いのか? 痛くないのか? タローはおできを庇うような座り方をせず、真っ向から、おできをぺしゃんとつぶして座ります。すのこには、おできの形の判子がぽこん、ぽこんと、いたるところに押されていました。「スタンプラリーだ」と言ったら怒られました。


「タローが死んだ」と電話をもらって、2ヵ月後、休みができ、実家に帰りました。父も母も思ったより元気でした。いつもの調子でした。ただ、タローのことを聞かないのもおかしいし、聞いて悲しい思いをまたさせても悪いし……聞くに聞けない状態でした。母がなんとなく喋り出しました。そして絵を見せてくれました。「私が描いただよ」と。
 それは、タローが眠っている絵でした。母は字が下手なのと、絵が下手なのに、とてもコンプレックスをもっていました。学校でもらうプリント用紙に親がサインする、そのサインすら父に書かせる程のコンプレックス持ちでした。絵なんてもっとです。落書きすら拒む人でした。その母がタローの絵を描いたのです。
「これが最後のタロちゃんじゃんね」
 タローは眠ると、そのまま起きなかったそうです。「最初で最後の絵だね」と母が言うと、父が「俺はもっとうまく書けるぞ」と言いました。

 昨日、母と電話で話していると、母が思い出したようにこう言いました。「そうそう、犬を飼うかもしれない」と。私は常々「飼え、飼え」と言っていました。タローが死んだショックで、両親が老け込むんじゃないか、病気になるんじゃないかと心配だったからです。1年たち、ようやく決心がついたのかと思いきや、そうではなさそうでした。
「今度は柴犬をもらうはずだったじゃん?」
 タローが生きている時から言っていた話です。うちのタローは1代目も、2代目も、3代目も雑種で、そろって頭が悪く、散歩で歩くということができませんでした。いつでもグェグェ言いながら突っ走る犬でした。せめて「散歩は歩く」ことができる頭の良さを持った、血統証付きの犬がいい、と言っていました。
「知り合いから柴犬もらう予定だったじゃん? それが、柴犬とお見合いする前に、野良に犯されたみたいで、急に、1匹生まれちゃったのよぉ」
「ええー? またぁ?」
 まだ両親は迷っているみたいです。
「悩んでるの。その子、メスなのよ。タローって名前おかしくない?」
 悩みはそこでした。「タロ子にすれば?」と言うと「おとーさーん! タロ子にすればいいじゃん!」と大声で叫んでいました。

 今日は3代目タローの命日でした。手帳を見て、今気付きました。
 タローは天国に行けたんだなぁ、と思いました。

 もしもその犬を飼ったら、犬好きの大久保さんに教えますね。私のいない時でも遊んでいいよ。
草々 光浦靖子