VIVA! 昭和
鋳物コンロ
 台所に必要なものってなんでしょうか。
 真っ先に冷蔵庫を思い浮かべた方や、電子レンジとお答えになる方もあるでしょうけど、太古の昔から変わらない台所の姿といえば、火と水のあることです。
 あの狭くてなにもない江戸時代の長屋にだって竈と流し場がありましたし、日帰りキャンプ場みたいなところのバーベキューコーナーにも、ブロックを積み重ねた竈と水道があります。冷蔵庫や電子レンジといった便利な機械はその基本に付随する部分であり、台所の本質ではありません。煮炊きする場所であることが、台所における絶対条件です。

 僕がいま借りている家は、おそらく、僕が生まれるよりも前に建てられたものです。たぶん、高度経済成長が始まった、というような時代に建てられたのではないかと考えています。その推理の根拠は家のあちこちに、歴代の住人達によって刻まれています。
 最初から付いていたと思われるコンセントは、四畳半・六畳間に各ひとつずつ。壁を見渡しますと、おそらくテレビ受信用アンテナのケーブルを通したのであろう穴が三つほど。四畳半には、クーラー設置の痕もどかどかっと大きく口を開き、仕方がないので新聞紙を詰めて塞いでおきました。洗濯機を置く場所も当然のようにありませんから、これは屋外に。そのくせ、デコラ張りの洋服ダンスなんかが四畳半に埋め込まれていたりするのが不思議ですが、ともかく、この家が三種の神器とか3Cなどと呼ばれた物のためにはなんらの準備もなかったことがはっきりとわかる痕跡の数々は、戦後復興の意欲と共に建ち、平成に至るまで立ち続けてきたことの証としては十分でしょう。そしてそれは、台所も例外ではなく昭和として残っております。台所には、コンセントがないのです。
 正確に言えば、後から設置したと思われる換気扇のために、不格好な後付けのコンセントは存在しますけれど、それは換気扇のすぐ真横に位置していますから、どう考えても換気扇のためだけの存在。電子レンジも炊飯ジャーもトースターも急騰ポットも一般的ではなく、台所で電化製品を使うという概念は皆無だった頃に建てられた家であることは確定です。でも、そんな台所で炊事に困ったことなど僕は一度もありません。さすがに冷蔵庫は使いますから、台所まで延長コードでコンセントを持っていってますけれど、僕の暮らし方ならば、それだけで用は足りてしまうのです。

 我が“借り住まい”は、居間も台所も空間自体が昭和三〇年代の住居からそう変わらずに現在まで生き残ってきたわけですが、ただそれに住んでいるから『VIVA!昭和』というわけにもいきません。さきほど、台所の基本は火と水だと申しましたけれど、僕の台所の火は、きっと皆様のご家庭にある火とは違うのです。
 いやべつに、台所に竈をつくって薪をくべているわけじゃありませんよ。なにせ借家なのですから、わざわざガスコンロの使えるように作られた台所をぶち抜いて土間にして竈を作るというのは不可能です。江戸時代の長屋でも暮らせる自信があるとはいえ、LPガスを利用できる設備があるという現実を無視して、野外に竈をこしらえてそこで煮炊きする必要なんてさらさらないのです。暮らしはシンプルなほどに安上がりであり、住居の作りを無視する行為はその道に反することなのです。水道があるのに井戸を掘るというのは、むしろ贅沢な話になるのと一緒です。
 ちょっと違う火はちゃんとガスで燃えます。今回は、鋳物のガスコンロをご紹介しましょう。

 今年の四月に、一〇年間使い続けてきた家庭用ガスコンロがとうとう壊れてしまいました。まだ会社員だった頃に七千円くらいで購入した、魚焼きグリルの付いた自動点火式で吹きこぼれ安全装置まで付いた一般的なものでしたが、会社員時代にいささか乱暴に扱ったのが原因か、錆びて朽ち果て、火が着かなくなったのです。
 必要な物を失うことは、本来、貧乏人にとっては辛く悲しいことなのですけれど、このときの僕は逆に嬉しかったほどです。ああ、やっとこれで呪縛から解き放たれるのだ、と。
 前々から、鋳物のガスコンロには目をつけていました。どういう物かご存じない方にも、ラーメン屋が使っている厳ついコンロと言えばおわかり頂けるでしょうか。機能と呼べるのは、ガスのつまみと空気の混合量を調節する窓だけで、点火装置すらありません。元栓を開け、マッチを擦り、コンロのつまみを少し開けて擦ったマッチを近づけると火が着きますから、あとは火力と空気量を調節して使います。なんだ、業務用なのかと思われるのはちょっと早い。昔は、ガスコンロといえば鋳物のこれだったのですから。
 指一本での点火しか知らないひとからすれば、いちいちマッチで火をつけるなんてことに卒倒するかもしれません。でも、僕からすれば、指一本の便利と引き替えに、多くの不便を背負い込んでいるとしか思えないのですよ、家庭用の魚グリル付きガスコンロは。もしも、実際に使ってみて明らかに不便だったとしても、大小二つ揃える金額は家庭用コンロよりも安いわけで、僕の培ってきた”不便を楽しむのもまた貧乏”の精神に磨きがかかるだけのことですから、嬉々としてホームセンターへ向かったのです。

 そんなわけで、僕は鋳物コンロの大小二つを台所に鎮座させました。この重厚感は、やはり置く、よりも鎮座という言葉が似合います。そんな重厚感漂う鋳物コンロが放つ炎は、家庭用コンロなど風前の灯火。三十センチの北京鍋はもくもくの白煙を立ち上らせ、炒め物を短時間にしゃきっと仕上げてくれます。薬缶や鍋を火に掛ければ、たちまちにお湯が沸きます。心なしか、土鍋で炊く御飯もよりふっくら感じられるようになりました。火力の強さと料理の味が無関係ならば、飲食店だって業務用の大火力コンロを使うこともないでしょう。やっぱり、家庭用コンロで作るチャーハンには限界があるのです。
 かといって、いつも馬鹿みたいに強い火を使うわけではありません。とろ火でことこと煮込むなんてことだってありますね。そういう要望も、鋳物コンロは聞き入れてくれます。空気量を自分で調整できますから、むしろ火のコントロール能力はこいつの方が上に感じます。鋳物全体に熱が伝わり、しっかりと熱を保持してくれるのも魅力です。家庭用コンロの五徳なんてのは、すぐに冷めてしまいますから。
 それと引き替えにガスの使用料金が跳ね上がるのでは、という考えは、導入を心に決めた僕にも存在しましたが杞憂でした。平成一二年の暮れから記録を取っていますが、ガス代はいままでとなんら変わりありません。そりゃあそうですよね、強い火力を用いるときは、いままでより短時間で済むわけだし、今まで通りの火力で抑えることもできるし、弱火やとろ火なんて、熱伝導は全身が熱を保持してくれる鋳物コンロの方が少ないガスでことこと煮込めるのです。家庭内にあってはすでに化石のような鋳物のコンロ、実は現代の家庭に当たり前のように普及した一体型魚焼きグリル付きガスコンロよりも便利なのです……ただし料理が好きならば、ですが。

 弱点は、吹きこぼれで火が消えても安全装置などありはしないことですけど、料理をしている間は側を離れないという大前提を忘れなければ問題は起きません。立ち消え安全装置とか、温度監視で油への着火を防ぐとか、そういう便利に守られ、それを当たり前と思い込み、料理中に台所から大きく離れてしまうことにこそ問題があるはずではないでしょうか。お年寄りや体の不自由な方が危険を避けるために安全を買うというのならばともかく、本来、危険である火を安全だと思いこんでしまうような物に高いお金を出すことで料理の幅を狭めている現状は、昭和三〇年代には当たり前だった鋳物のコンロに陶酔してしまった僕からすれば不思議でなりません。これのどこが不便なのか、さっぱり思いつかないのですから。

 ……やっぱり、魚焼きグリルがないと駄目なのかなあ。
 じゃあ、もしかしたら、それを解決できてしかも魚焼きグリルより美味しく焼けるアイテムを紹介したら、少しはわかってもらえるでしょうか。
 次回は、僕の台所で魚を焼くにはどうすればよいかをお話しさせて頂きますね。
川上卓也(かわかみ たくや)プロフィール
1974年生まれ。全日本貧乏協議会会長。不況長引く現代を貧しくも力強く生きる貧乏人にとっての啓蒙を促し、21世紀における貧乏の定義を確立すべく活動中。著書に『貧乏神髄』(WAVE出版)がある。