VIVA! 昭和
屋内用簡易七輪風火鉢
 少し調べてみたところ、前回ご紹介した鋳物のガスコンロは『ガス七輪』と呼ばれていたようです。炊事に薪や炭を使うのが当たり前だった時代をその名称に引き継いでいたのですね。竈からガスへの転換期には、竈の中に仕込むようなガス火口もあったようで、徐々に暮らしの変わっていった様がうかがえます。
 そんなガス機器が今のような形状になってきたのは、昭和三〇年代の中頃。自動着火のできる家庭用コンロが生まれ、やがて東京オリンピックと前後する頃に魚焼きグリルが搭載されたようです。
 魚焼きグリルの利点を挙げてみれば、確かに簡単便利の羅列は可能です。安全、これが第一。次に煙の問題ですが、これは底に水を張って使うことで少なくすることができます。脂はみんな水に落ちますから、掃除も焼き網を使うより楽ですね。グリルの窓を覗くとオレンジ色の光に包まれた魚に焼き色が……なんてコマーシャルを見れば、主婦が欲しがるのも道理です。
 でも、僕にはこれが大きな利点だとはまるで思えないのです。
 批判を連ねるよりも、まずは僕の家の魚焼きグリルをご紹介しましょう。僕の名付けた正式名称は、屋内用簡易七輪風火鉢……長いので略して簡易火鉢とでも呼びましょう。貰ってきたマーガリンの空き缶に灰を入れて網を載せただけのものですけど、こいつは魚焼きグリルなんか比較にならないほどよく働いてくれます。
 真っ先に魚焼きグリルとの違いを申し上げるならば、持ち運べることでしょう。台所での使用はもちろん、ちゃぶ台の上に厚めの板でも敷けば飛騨焜炉的な使い方もできますし、ちょっと野外へも持ち出せてしまう。屋外で使う七輪と、屋内で使う火鉢を融合させたような逸品なのです。
 そしてなにより、魚焼きグリルと違うのは味。見た目はいまいちなこの簡易火鉢、もちろん火元は炭を用います。炭火焼きです。持ち運び可能な遠赤外線です。
  家庭用ガスコンロに搭載された魚焼きグリル。その謳い文句でもある、魚を美味しく焼くためのうんちくに遠赤外線でどうのこうの、というのがありますが、これはもちろん、炭火との対比で「まるで炭火焼きのように焼ける」ということを仄めかしたいわけです。でも、実は魚焼きグリルには絶対に真似のできないマジックが、本当の炭火には隠されているのです。煙を嫌ってしまっては、旨い焼き魚は喰えません。
 煙の原理は簡単です。魚を焼くと、脂が落ちる。これが落下してじゅっと燃えると煙が立ちます。だから、炭火はもちろん、コンロの上で使うような魚焼き網であっても、朦々と真っ白な煙に包まれるという寸法。コンロに内蔵された魚焼きグリルは、これを防ぐために受け皿に水を張るようにできているわけですが、これが、炭火とは決して同じ味にならない理由でもあります。
 魚から落ちた脂が燃えるか水に落ちるかの違いなんて関係があるの? と思われた方は薫製の存在を否定するのと一緒です。はい、気づきましたね。炭火で焼かれる魚は、自分が落とした脂によって燻され、さらに旨味を増すのです。単純な話ではありますけれど、ガスの熱を上や横から照射するだけの魚焼きグリルからすれば、真似のできない大魔術。そんな仕組みを知らず、同じように焼けるのだと思いこんでしまってはお魚さんが哀れでなりません。
 僕も、思いっきり旨い焼き魚が喰いたいときは、外に七輪を持ち出して豪快に煙を上げます。秋刀魚なんかは好例ですね。真っ赤に熟した炭火に秋刀魚を載せると、熱を帯びた網で秋刀魚の水分が蒸発し、ちゅっと、静かな音を立てます。まだこの頃は、煙なんて一筋も上りません。実に静かです。そのうち、炭の爆ぜる音に混じって秋刀魚からぷちぷちと聞こえます。焼けた身と皮が膨らみ、内臓がじゅくじゅくしている証拠です。突然、ぱふっと言ったかと思うと、そこからはもう止まりません。じゅわあっと音を立てて脂が滴り炭に落ち煙が、そして炎が上がります。煙も凄いが、それ以上に炎も凄い。知らない人だとあわてて火を遠ざけようとしてしまうけれどそれは厳禁です。炎に包まれた秋刀魚は、より多くの脂を落とし、煙と炎に変えます。これが、旨味凝縮の儀式なのです。頃合いを見て秋刀魚をひっくり返すと、片面は既に焼け爛れたと言うべき状態。そして残されたもう片面の脂が落ち、またもや炎と煙の競演が続く……なんて感じで、人目を気にせずに七輪を駆使できる状況というのはとてもありがたいわけです。
 こういう風景は、昭和の三〇年頃にはどこにでも転がっていたといいます。海から遠い地方じゃ、魚屋に行っても塩鮭と干物しか売ってなかったなんて時代ですから、秋刀魚の季節であっても、よくて塩のたっぷり効かせられたものしか食べられなかったなんて人も多くいらっしゃいます。でも、そういう秋刀魚を大事に抱えて持ち帰り、子供に炭をおこさせ、七輪で焼く。新鮮な生秋刀魚が津々浦々まで行き渡る現代よりも、なぜか旨い食事をしていたように感じるのは僕だけでしょうか。

 話を戻します。はい、いくら煙が魚を旨く焼くコツだと言っても、いま書いたような秋刀魚の焼き方を屋内で、簡易火鉢相手に実践するとさすがに大変なことになります。秋刀魚を焼くときは、炭の量に気を遣って静かに焼かなければならないでしょう。やはり簡易は簡易。でも、それでも魚焼きグリルよりは旨く焼けるし、塩鮭やら干物を焼くにはなんら不自由はありません。適材適所が肝心ですね。
 もちろん、魚以外も焼けます。よく主婦向けの情報誌などに「食パンは魚焼きグリルで焼くと美味しい」なんて書いてありますけど、簡易火鉢でもそれは同じです。水分を蒸発させながら焼けるから、外はかりっと中はふっくら焼き上げられます。炭の配置で焼き具合も調節できます。片面だけ焼き、焼いていない面に蜂蜜を垂らして喰うと面白い食感と美味さが楽しめます。お湯も沸かせます。汚れても、所詮は空き缶ですから、新しい缶を手に入れれば新品になりますし、脂で汚れた灰は、火鉢からいくらでも補充できます。これほどの便利は、一体型として据え付けられた魚焼きグリルには見いだせないことでしょう。

 ああ、そうでした。
 ここまで書いて、大切なことを忘れておりました。いま、普通の家に火鉢なんかありませんから灰の入手って難しいというか思いつかないですよね。
 次回は、ちょっと寄り道して火鉢に迫ってみようと思います。
 連鎖する昭和のバランス。なににとっての便利かを、どんどん掘り下げて行きたいと思います。
川上卓也(かわかみ たくや)プロフィール
1974年生まれ。全日本貧乏協議会会長。不況長引く現代を貧しくも力強く生きる貧乏人にとっての啓蒙を促し、21世紀における貧乏の定義を確立すべく活動中。著書に『貧乏神髄』(WAVE出版)がある。