VIVA! 昭和
カレー連鎖
 新年のご挨拶にしてはすでに遅いかもしれませんが、本年最初のVIVA!昭和でございます。本年も、どうぞよろしくご愛顧くださいますようお願い申し上げます。
 いつの頃だったか、もうすっかり覚えておりませんけれど、ハッピーマンデーと称して色々な旗日が変動するようになりまして、一月の一五日は成人の日というのも過去になってしまいましたね。華やかな振り袖を見かけると、ああ、成人式か、もう正月気分も終わりだなあ、なんて具合にゆっくりと薄れてくれた正月気分も、なんだかきゅっと圧縮されてしまった気がして好きになれません。やれ大晦日だ元旦だ、七草がゆのあとはすぐに成人式ではい正月も終わりだ帰った帰った! といった感じで、少々、窮屈に感じてしまいます。
 本当のゆとりがどんなものなのか、お偉い方々が少しでも理解できたならば、もう少しなんとかなっているような気もする平成一八年。書き初めがてらに僕が書いたのは、「乏者之訴、似水投石」。貧乏人の感じる憤りなど、ごまめの歯軋りでしかありません。
 そんなわけで、石に投げつける水程度な僕の力、今年も皆様にお贈りいたします。

 腹が減ってはなんとやら。さっそく、土鍋で炊いた白米に、火鉢で温めた牛筋カレーをかけましょう。四畳半を照らす四〇ワットの裸電球は、御飯を盛りつける際の湯気を輝かせてくれます。陰影の中に浮かぶ温もりとでも申しましょうか、米の白さや立ち上る湯気は、ちょいと薄暗いほうが引き立つのです。
 作りたての頃はさらさらしていたカレーも、煮込んだり冷ましたりを繰り返しますと、小麦粉の力でどっかりと固まります。ここであわてて水など差しますと、せっかくのカレーも台無しになりますから注意してくださいね。再び、火鉢でゆっくり温めてみれば、静かに融解して丁度よいとろみになってくれます。
 丸一日という時間が、カレーを完成へと導いてくれるのです。

 御飯の盛りつけは、皿の三分の二を占めるくらいに、カレーがかけられたときに、カレーを海、御飯は浸食されつつある岩場に見立てられるくらいがよいでしょう。盛りつけた熱々の御飯には、間髪を入れずにカレーをかけます。一瞬の出来事なれど、しみしみと広がっていくカレーの放つ芳香と、御飯の坂をゆっくりと滑る牛筋や人参が食欲を掻き立てます。水とスプーンを用意したならば、一昼夜かけて作られたカレーライスの完成です。
 コップに入れられたスプーンを、雫がたれないよう丁寧に引き上げ、御飯とカレーの境目からひと匙のカレーライスをすくい取り口に運べば、それは、紛れもなくカレーライスなのでした。

 赤缶のカレー粉と素材の味だけで作られたカレーライス。インスタントの固形ルーに慣れている人は、どこかしら物足りないと感じてしまうかもしれません。確かに、インスタントルーには各メーカーが試行錯誤したスパイスの配合やら、肉とか野菜果物のエキスやらが入っていますから、カレー作りに一昼夜もかけずとも味は付いているしとろみも出るし、そこになんの疑いも持たずにカレーだなあと食べられるのです。
 対する貧乏人の牛筋カレーはというと、スパイスと呼べるのはカレー粉と胡椒、大蒜、生姜くらいなもので、具だってやっと見つけた値引きの牛すじ肉と人参、玉葱のみ。牛筋の旨味はこれでもかというほどに染み出しているけれど、味の上っ面だけ嘗めたならば、おそらく多くの人はインスタントルーのカレーを選んでしまうでしょう。素朴な感じが好き、なんて気まぐれで僕のカレーを選ぶ人はあるかもしれませんが、平成のいま、説明なしでこの牛筋カレーの真実を見抜ける人はたぶん希な存在といえるでしょう。
 インスタントルーで作られたカレーは、土台にはなりえないのです。

 化学調味料に毒された舌は、カレー粉で作った牛筋カレーを不味いと評価するかもしれませんが、そいつはとんでもなく間違った感想です。牛筋が柔らかく放出した旨味は、これはもう相当なもので、カレーと共に口にした米粒を噛みしめるだけでも立派なビーフ感を味わえるのですから。じゃあ、なにが足りないのかといえば、味の色とでもいいますか、単純にスパイスなのです。
 インスタントルーを建て売り住宅とするならば、僕のカレーは更地です。でも、ただの更地じゃあありません。日当たりがよく、岩盤も強固。どんな家だってしっかり支えてくれる土台です。だからといって、言葉どおりにどんな家でも建てればいいってものではなく、まわりの景色、気候や風土、そういうものをひとつひとつ考え、じっくりと、この土台に合う家を建てていかなければなりません。せっかく牛筋が強固な旨味を持っているのに、強度不足なマンションを建ててしまっては意味がないのです。
 アルバイトのない平日の午後、ふらふらと車で散策(茨城界隈では車で「歩く」といいます)しておりましたところ、新興住宅地と呼ばれる一画に足を踏み入れてしまいまして、思わず足が竦むほどの不気味さを感じたことがあります。舗装の新しい道路に面した家々は、どれも同じ。差異を探せば、確かに玄関の位置や郵便受けなどに違いは見られますが、僕に、それひとつひとつが違う個性を持った住宅だと考えることは不可能でした。もし、こんな家々に住んでいる人が「アパートに家賃を払うくらいなら一戸建てを買ったほうがいいわよ」なんて言っていたとすれば、どんなアメリカンジョークよりも寒々と感じるでしょう。どんなに豪華な材料を使おうとも、雑誌やテレビで紹介された隠し味を駆使しようとも、インスタントルーで作られたカレーの味は、どうしたってあのパッケージから離れることができません。電磁調理器や電気オーブンの組み込まれたシステムキッチンで作られたインスタントなカレーライス。僕にとってはシュールレアリズムの範疇にある光景は、きっと、現実社会では単なるリアルなのです。

 僕のカレーは、スパイス混載のカレーからすれば物足りなさを感じてしまうかもしれないけれど、肉ってこんなにも旨いものなのかと感じずにはいられない衝撃をもたらします。あらかじめ味のできたルーを使っていたのでは絶対にわからない、素材の味を引き立たせるためのカレー作り。これを始めてしまうと、もう、インスタントルーは不便で使えなくなってしまいます。
 ちなみに、カレーを研究するのに必要なスパイスを最低限だけ揃えるとしても、三万円はかかるそうです。それは月七万円しか使わない僕にとっては無謀な金額ですから、手近な食材や調味料を駆使して理想のカレーを追い求めています。大蒜を油で強めに炒めてから投入してみれば苦みが出るのではないか。でも、それだと嫌な香りも強調されるだろうか……。カレーライスという土台は、限られた条件で少しでも旨いものを作る力を育ててくれています。

 そうそう、たしか馬鈴薯を入れないことについてのお話しが残っていましたね。
 カレールーはフライパンでちゃちゃっと作れますから、一度つくったカレーはいくらでも水増しさせることができます。写真のカレーライスは、撮影向けにちょっと多めに肉を入れましたけれど、本当は一回につき一つか二つしか入れません。なにせ、三日は継ぎ足しながらカレーライスを楽しんだうえに、最後には醤油と水、それに水溶き片栗粉でとろみをつけてカレーうどんとしてのフィナーレが待っているのですから。
 毎日火を通していれば腐ることもありませんが、それでも傷みやすい馬鈴薯を排除することで、より長持ちさせるよう心がけているのです。お米を節約するという精神は嫌いではありませんが、それよりも、旨いカレーを時間的量的に長持ちさせることのほうが、いろいろと美味しいのです。
川上卓也(かわかみ たくや)プロフィール
1974年生まれ。全日本貧乏協議会会長。不況長引く現代を貧しくも力強く生きる貧乏人にとっての啓蒙を促し、21世紀における貧乏の定義を確立すべく活動中。著書に『貧乏神髄』(WAVE出版)がある。