VIVA! 昭和
素うどん
 早いもので、この連載も第十回と、二桁に突入しました。だいたい、一回の文字数を原稿用紙で換算いたしますと八枚前後くらいになるかと思いますので、八十枚ほど書いたことになるでしょうか。だいたい、三百枚も書けば単行本の一冊に相当するような感じと考えますと、食の話で随分と書き進んできたような気もします。
 台所関連の小道具たちもまだいくつも残っていますから、このまま台所だけで進めていくのも不可能ではありません。けれど、それ以外の部分でも書きたいものはいろいろあるわけでして、気分のままに進めさせていただければと思います。
 連載というのは、回を追うごとに季節も変わるわけでして、夏になっても火鉢とかいうわけにもいきません。いきなり話が飛ぶことがあるかもしれませんが、そこはひとつ、ご容赦いただければ幸いです。

 とはいえ、前回に丸めたうどん生地を放置したまま別の話に移るわけにもまいりませんから、今日はこれをのばして切っていきましょう。もちろん、茹でて、つゆをつくって腹に収めてしまうのです。
 ここでも、大げさな道具は必要ありません。まな板、包丁、大鍋と小鍋、それに麺棒があればよいだけです。問題は、まな板や包丁が“ある”かどうかですが。
 夫婦ふたりきりの家庭とか、ひとり暮らしならばなおさら、まな板は邪魔な存在かもしれません。野菜などは、たとえばキャベツをまるまる一個買ってきても、夫婦共働きで朝食は抜き、昼は外食で、家で御飯を食べるのは夜だけなんてことだと、アイデアがなければとても使い切れないでしょう。ならば、いまどきのスーパーなどで売られているカット野菜で済ませてしまうほうが手軽で便利で経済的と見て、まな板なんて小さな物で十分、いや、なくたってどうにでもなるのかもしれません。そうなれば、包丁だって小さくてもかまわないですよね。まあ、小さくたって、ないのとあるのとでは大きな差ですけれど、さすがにちょっと、自分の家でうどんを作るには苦労する環境かもしれません。

 僕の使っているまな板だってそれほど大きな物ではありませんけれど、横幅は四〇センチ強、縦も二〇センチほどあります。ええ、麺打ち用の巨大な台などなくても、この程度で十分なんです。乾いたまな板に打ち粉として薄力粉を振りかけ、掌でまんべんなくすりすりと粉を行き渡らせ、そこに、生地をどでんと置きます。そこで登場するのが麺棒ですが、僕の使っているのは、ホームセンターで仕入れた木の棒を使いやすい長さに切っただけのものです。さすがにもう値段は覚えておりませんが、二〇〇円前後だったように思います。これは、どうしてもあったほうが都合がよいので購入しましたが、僕が麺を打ち始めた頃、実は麺棒を持っていなかったのです。
 麺棒の代用品としては、まずラップの芯を使ってみました。けれど、一見すると丈夫そうなラップの芯も、力を入れると変形してしまい、うまくのばせません。で、次に使ったのがカップ酒のガラスコップ。これは、面白いようにのばすことができましたけれど、力の加減ひとつで台所が血だらけになる可能性を持っているだけにお薦めできない方法です。底の平らな鍋かなにかでのばすほうが、安全性では遙かに上でしょう。
 というわけで、道具は最小限にとどめることが信条の僕でも麺棒は持っております。これに打ち粉をまぶし、まな板の上で生地をのばします。本来ならば、大きな板の上で円形にのばすのがよいのですけれど、僕のまな板ではそれも難しい話ですから、長方形にのばして済ませちゃいます。これに打ち粉を振り、折りたたんだら、いよいよ切っていくわけです。

 本来ならば、麺切り包丁とこま板を用いるこの行程、家庭で簡単にうどんを打つという目的ならば不要です。さきほど麺をのばしたまな板で、菜切り包丁かなにかで慎重に切っていけばそれらしいものができあがります。
 なぜか僕の手元には柳刃、菜切り、出刃、文化包丁が揃っておりまして、満足に使いこなせている自信はありませんが、文化包丁でかつらむきをしたり刺身を切る技術がないのでいつのまにかここまで揃ってしまったのです。道具ひとつあるだけで魚をおろすのも簡単になりました。麺を切るなら文化包丁でもできますが、刃が薄くて湾曲も少ない菜切り包丁のほうが、幅を揃えるのも簡単な気がします。
 生地を折りたたむ際、お使いになる包丁の刃渡りに合わせて折ってください。あとは、乾いた包丁をぐっと上から押しつけるように切っていけば、みるみるうちに生地が麺へと変わっていきます。
 切った麺には、すぐに打ち粉をしてほぐしてください。そうしないと、切り口がくっついて団子になってしまいます。あとは、つゆをつくって、麺を茹でれば自宅でできる簡単うどんのできあがりとなります。

 カレーうどんの一言から始まったうどん話ですが、今回はシンプルに素うどんでまとめます。まだまだ寒い日が続きます。家の中で吐く息も白いという生活ですと、ちょっと甘めの汁でいただくうどんなんてのが嬉しいわけです。小さな鍋で酒を沸騰させ、砂糖を加えると味醂風になりますから、これに醤油と出汁を加えればできあがり。その横で大きな鍋に湯を沸かし、うどんを茹でましょう。出汁がなければ、ちょっと砂糖を多めに入れるだけでも十分。これはこれで、ちょっとしたもんです。
 麺を投入したら、手早くかき混ぜます。これで麺同士がくっつくこともなくなりますから、ぐらぐらと、麺が茹で上がるのを待ちます。太さにもよりますけれど、極細ならば一分、太くても五分もすれば浮かび上がってきます。お湯の中でぽっこり浮かんだ状態が茹で上がりの合図です。丼にうどんを入れ、汁をかけ、長葱を刻んだのを乗せれば、立派な素うどんの完成です。

 さて、もしも生地をのばすことを断念せざるを得ない方々には、ここで別の方法を。練った生地を、汁の中にちぎり入れて数分煮込めば立派なすいとんのできあがりです。包丁やまな板をお持ちでない方も、また、時間のないときなどにも、生地を手早くまとめることに慣れてしまえばあっという間にできますから、こちらもお薦めなのです。小麦粉で主食を賄う方法がひとつ増えるわけですから、知っていて損のない話ではあります。
 ひとり分の小麦粉を一〇〇グラムとしますと、これで生地代は一〇円ほど。お米一合は安いので五〇円ほどでしょうか。小麦粉は、昭和の頃は米の消費を抑えるために多く用いられてまいりましたけれど、これはどうやら、平成の世にあっても十分に役割を果たしてくれそうですね。ただ、ちょっと腹持ちの悪いのが難点でありまして、やっぱり主食は米でありたいと願うところではありますが、夜食などにはうってつけのお手軽料理だったりもするのです。

 うどんにせよ、すいとんにせよ、ちょっと七味など振りかけますと、寒い夜にほんのり暖かな気持ちになれます。
川上卓也(かわかみ たくや)プロフィール
1974年生まれ。全日本貧乏協議会会長。不況長引く現代を貧しくも力強く生きる貧乏人にとっての啓蒙を促し、21世紀における貧乏の定義を確立すべく活動中。著書に『貧乏神髄』(WAVE出版)がある。