VIVA! 昭和
本棚
 深夜一時。日の長い時期とはいえ、もう日没からずいぶん時間が経過している頃合いなのですから、もう少し涼しくなってくれてもいい筈なのです。けれど生憎、風がありません。汗ばんだ肌に神経を集中させれば、僅かな対流は感じられます。が、この程度では、気化熱によって涼しさを得るにはほど遠いようで、なんとも過ごしづらい夜に原稿を書いています。
 まだ、体が夏を迎える準備を終えていないらしく、今日は一日中、水分が恋しくて仕方がありませんでした。でも、欲望のままに水ばかり飲んでいますと、汗と共に集中力まで流れ出てしまうのです。こりゃあ駄目だと日中の原稿書きは諦めて洗濯や草むしりをして過ごしまして、さあ、夜に仕事を片付けてしまおうと思ったらこの無風状態です。
 まあ、この原稿を書き終えるくらいには、もう少し涼しくなることでしょう。一日で最も気温の下がるのは、日の出前ですから。

 さて、前回まで書斎の話をさせていただきましたけれど、書斎といえば本棚も付き物です。僕の場合、本を読むようになったのは貧乏を始めてからなので蔵書もそれほど多くはありませんが、それでも、僕の持ち物の中で確実に増え続けることのわかっている数少ない物のひとつですし、その置き場所には苦慮しております。
 そもそも、僕の書斎にはまともな本棚はありません。それどころか、会社員の頃に買った本棚などは邪魔に感じて知人にあげてしまったくらいでして。なるべく身軽でいたいというのも貧乏を続ける意味のひとつでありますから、家具という物もあまり好きではありません。書斎の机とか事務所のセットとかも立派な家具ですが、これらの導入にも、実はきちんとした考えが存在しておりまして、それはなにかと申しますと、燃やせばなくなるもの、という基準なのです。

 家具に限らず、鉄とかプラスチックは、大きな物ほどできるだけ排除したいと思っています。家電製品となればなおさら招き入れたくありません。こんな考え方に至るには、貧乏が大いに関わってくるのです。
 貧乏人は、稼ぎも僅かです。僕にはマイホームなどありませんし、家賃というのは生活に関わる出費の中で不動の一位を守り続ける大出費でもありますから、常に安い家に住み続けるのは必然となります。ここで、いかに身軽であるかが重要になってまいります。なにをもって身軽とするのか、一番わかりやすい答えは、荷物の少なさと言えるのです。
 常に旅行カバンひとつ分の荷物しか必要のない人ならば、どこへでも行くことができます。これならば、一泊八〇〇円の木賃宿を根城にしたとしたって一ヶ月二万四千円で済んでしまうのですから、それだけの出費が可能ならばわざわざアパートを借りる必要もありません。それ以下の料金で三畳一間くらいを借りられるならば、渡りに船とばかり借りてしまえばよいでしょうね。こうして自分だけの場所に定着をしてしまうと、つまり畳の上に荷物を広げてしまうと、物が増え始めるのが人の常です。うまく抑制できれば結構ですが、洋服に鍋に薬缶に布団に湯湯婆、洗濯機テレビ冷蔵庫クーラービデオオーディオゲーム機掃除機パソコン電子レンジミキサーなどなど、荷物が増えれば増えるほど、ある一定の大きさを持つ箱を探さなければ動けなくなります。引っ越し先を探すのに場所と家賃以外の要素として広さが加わり、身軽さは奪われてしまう。馬鹿らしいほど単純な仕組みですけれど、高度経済成長もバブル経済も、消費は美徳とばかりに荷物を増やし続けてきたものだし、それによって人々はどんどん鎖に繋がれてきたとも言えます。
 それを考えますと、昭和三〇年代くらいの人々は今よりもずっと身軽だったろうし、江戸の長屋に住んでいた連中なんかは、もっともっと身軽だったはずです。まあ、江戸まで行ってしまうと誰もが自由に移り住めたわけじゃないですから意味合いが変わってしまいますが、荷物ってのはそれだけ生き方に関わる邪魔物なのです。

 というわけで僕の話に戻しますと、次に引っ越しの必要に迫られたとき、たとえ見つかった新居が三畳一間だったとしても、そこへ住まなければなりません。なにせ、家賃第一です。処分するのが面倒な、ましてやリサイクル料のかかる家電をこれ以上、増やすわけにはいきません。けれど、いくら巨大であっても、書斎の机は木でできていますから、次の家に運び込めないとわかれば庭で焚き火を楽しめばそれで済んでしまいます。あるよりはない方が身軽ですけれど、燃やせる物ならば、燃やせない物に比べれば遙かに身軽なのです。
 そこで本棚の問題に移りますと、本棚だって木製なら燃やせる……と思いたいところですけれど、これ、僕の中では無駄ってことで決定してしまったのです。どうしても本は増え続けますし、こればかりは荷物呼ばわりするわけにもいきません。せっせと本棚を招き入れても、どうせいつかは飽和してしまいます。だったら、棚を儲けること自体が無意味なんじゃないかと思えてしまったのです。
 僕の場合、考えることはいつだって単純なのかもしれません。

 それでも、普段は必要性の薄い本などは表に出しっぱなしにしておいても邪魔になります。もしも引っ越しをする際にはなるべく小さくできて、運がよければ再利用もでき、最悪の場合は燃やしてしまえば済むような本棚ならばあってもいいかなあと、押し入れの中に板を留めて作ったのが、写真の本棚です。
 本は、棚に並べておいた方が探しやすいし出し入れもしやすいっていうのは十分にわかっています。この本棚も、最初のうちは便利に使えていました。今ではごらんのありさまで、棚にした意味をなさなくなりつつありますけれど。
川上卓也(かわかみ たくや)プロフィール
1974年生まれ。全日本貧乏協議会会長。不況長引く現代を貧しくも力強く生きる貧乏人にとっての啓蒙を促し、21世紀における貧乏の定義を確立すべく活動中。著書に『貧乏神髄』(WAVE出版)がある。