VIVA! 昭和
風鈴
 前回の最後、『川端康成「魔界」の書』(疋田寛吉著・芸術新聞社)について触れましたところ、読者の方から本が送られてくるというとても嬉しい出来事がありました。本当にありがとうございました。コーヒーと煙草に包まれながらふむふむと読み進め、蔵書印を逆さに捺すという小さな夢も叶いました。こういう、小さな喜びが積み重なっていく日常を過ごせますのはとても恵まれているように感じます。

 僕の場合、ビール一杯をご馳走になるだけでも小躍りしてしまうのですから毎日が喜びの連続ではありますけれど、知的欲求の満たされる瞬間というのはアルコールよりも心地のよい痺れがあるものでございまして。



 しかしまあ、今年の夏はなんだか拍子抜けするような涼しさだった気がしますが、皆様の地域ではいかがでしたか。僕の住む町では、八月になってもめそめそとした天気の日が多かったですし、晴天の日中などはさすがに寝ていられないくらいの暑さはあっても、暮れ六つの頃には秋の気配がじんわりと伝ってきて、ずいぶんと楽な夏を過ごせました。熱気のこもった風に蒸される夜もあるにはありましたが、風呂に入ってさらさらの汗を滴らせたところに扇子で風を送ってやるたけでも十分に耐えられる程度でしたから、やはり涼しかったのだと思います。汗の引いたところに、軒先からちりんりん、なんて具合に風鈴の音が薄く響いてきたりしますと、なんとも健全な清涼感を味わえるのです。



 風鈴といえば夏の風物詩ですけれど、残念なことに、俳句やなんかの世界にだけ残る“かつての物”になりかねない危機に瀕しているようにも感じます。エアコンの普及で窓を閉めたままの暮らし……というのも一役買ってはおりますけれど、より深刻なのは、風鈴を“騒音”と感じてしまう方も居るという点であろうと思われます。

 都会の人口密度は格段に上がっています。東京で比べるならば、江戸の頃ですらすでに世界屈指の百万人都市だったのが、現在では居住可能な面積の違いはあるにせよ、一二〇〇万人を突破しているわけです。東西南北だけでなく上に下に人が詰まって生活している光景は、東京だけでなく、日本全国各地で見られます。日本というひとつの国としての人口密度は一キロ平米あたり三四〇人弱でして、これはモナコやシンガポールのような都市国家を除けば世界屈指の高密度です。都市に焦点を絞れば、東京二三区の密度は一三五〇〇人だと言いますから、都会のすし詰めぶりはまさに桁違いなのです。

 そうなってくると、音はいかんともしがたい問題へと昇華してしまうのでしょう。確かに、各階四部屋の二階建てアパートに風鈴をぶら下げた部屋が二つあっただけでもちょいと大きめの屋敷に風鈴が二つあるのと同じですから、対面に建つ家からすれば「うるさい」と感じてしまったとしても不思議はありません。小さな風鈴でも音の最大出力はなかなか侮れません。ちょっと風の強い日に南部風鈴が「きーんきーんきーん」で江戸風鈴が「ちりちりりりんりん」なんてのが狂想曲を奏で続けた日には、運悪く頭痛で寝込んでいる人や音が苦手な方にとってはまさに騒音となることでしょう。



 そんなわけで、風鈴は近所迷惑という認識が広まっているようです。けれど、風鈴は楽しみたいという人もまだまだ残っているのも事実で、世の中には室内で風鈴を楽しむための風鈴台なんてものも登場した様子。たかが風鈴でご近所とのトラブルなんて起こしたくないといういかにも日本人的な思考のもとに登場した商品に思えます。でも、残念なことに僕にはこういった物の価値はちっともわからないのです。頑張ればかなり大きな音を出すこともできる風鈴。ならば、あんまり頑張らないようにすればいいだけなのですから。五月蠅い風鈴の正体、おそらく十中八九は買ってきたものをそのままぶら下げているというオチなのだろうと想像がつくのですがいかがでしょうか。

 環境に合わせて、それこそピアノの調律とかギターの調弦のように、風鈴も短冊を調節してあげればそれほど豪快な音はそうそう飛び出しません。たまーに微かな涼しさで、それこそ早春の鶯程度の気まぐれ具合でちりーんと鳴ってくれればいいだけなのですから、環境に合わせて、風の強く吹く地域ならば短冊を短めにしてあげればよいのです。そうやって、太さや長さを決めていって、音は好みだけれど短冊が不格好だなあなんて感じましたら紙質を変えて、自分なりの音をつくらなければ風鈴も雑音になりかねません。

 つくりあげた風鈴が、それでも大きな音を出すような風の日。これは、風鈴が「風が強いよ」と教えてくれているわけです。そういうときは、風鈴をそっと仕舞い込み、一雨きそうな空模様だったら窓を閉めてまわりましょう。



 僕が使っている風鈴は、知人が不要品の整理をしていたときに出てきたからと貰った物です。短冊はついておりませんでしたから、なにか適当な紙をと探しまして、ちょうど居合わせた栞を結びました。幸い、夜になったら仕舞わなければならないほどの人口密度はありませんから、たまに鳴る風鈴が運んでくる涼しさを耳に、明け方まで書斎で作業をしております。

 そんなこんなで気がつけば長月。風鈴の音色ともお別れが近づいてきました。なんだか今夜は冷えるなあなんて感じましたら、それが仕舞い時かなあとこの時期は毎年悩んでいたりします。
川上卓也(かわかみ たくや)プロフィール
1974年生まれ。全日本貧乏協議会会長。不況長引く現代を貧しくも力強く生きる貧乏人にとっての啓蒙を促し、21世紀における貧乏の定義を確立すべく活動中。著書に『貧乏神髄』(WAVE出版)がある。