VIVA! 昭和
風鈴
 田舎での暮らしには、どうしたって車が便利です。僕も、貧乏ながらに軽自動車を所有しており、自分の足で歩くのは建物の中ばかりの生活をしておりました。
 これは単に町の密度が薄いという点が大きいかと思います。町全体を密にするための交通機関としては路線バスが挙げられますが、これは僕の住む町と横に隣接する学園研究都市を結ぶ路線があるだけで、しかも走っているのを見かけたら今日は運がよいかもしれないなんて思ってしまうくらいの本数です。周辺で写真用の細々した物が買えるのは学園研究都市だけですから、車がないと陸の孤島感は格段に上昇します。
 僕の通うアルバイト先は南に隣接する町にあるのですが、距離にして一四キロほどあります。一応、この縦の線は鉄道が結んでくれているのですけれど、やはり本数が少なく料金も高いので有名でして、主な乗客は通学の高校生と車に乗らなくなった老人、それと、車を駐めるのが困難な都会へと通勤する人くらいだと思います。列車を利用するよりも車の方が早く着くというのも理由のひとつでしょう。車の方が速く、早いなんて都会では考えられない状況ですね。
 都会にあるのは電車、つまり電気で走っているわけですが、僕の町を走っているのはあくまでも列車です。線路の上に電線はなく、そこを通る車両は黒煙をたなびかせます。僕の住む町にある鉄道は、田圃の中をゆったり走るディーゼルの気動車なのです。

 「車の方が早い」ってことは、ディーゼルの一言で納得いただけたかと思います。では、次に高いってところを示さねばなりませんね。別に妄想で言っているわけではなく、実際にJR東日本と比較をすれば一目瞭然なのです。
 JRの運賃は、旧国鉄時代からある『旅客営業規則』で定められていて、難しい話を抜きにしますと発着区間三〇〇キロ以内の路線では一キロごとに一六円二〇銭が加算されるそうです。先ほど、アルバイト先まで一四キロと申しましたが、もしこれをJRが結んでくれていたならば約二三〇円という計算になります。そんな絵に描いた餅に対し、現実として存在する気動車はいくらかかるかと言えば、これがなんと約倍額の四四〇円。地方の単線ディーゼル鉄道とはいえ、近隣への移動はバスか電車で往復でも五百円でお釣りが来るという世界を知っている身にとっては、ましてや月々七万円程度の暮らしを営む貧乏人にとっては、高いと感じずにはおれません。
 そういうわけで、これに乗車するのは車で行くのが困難な東京へ向かうときくらいでした。最近はつくばエクスプレスなんてものもできましたおかげで気動車の本数も増え、料金と遅さを除けばあるだけありがたいかなあくらいの存在、それが、僕だけでなく、同じ地域に住む知人たちも同様に持っている気動車への価値観なのは確かです。

 ところが。

 実はここ一ヶ月以上前から、僕はこの気動車をアルバイト先への通勤に使う羽目になってしまったのです。アルバイトをおろそかにしていたせいで、うっかり車検代を稼ぎ忘れてしまいまして。車ならば三〇分で行けるところを、徒歩と列車で約一時間というのは少し煩わしくも感じましたけれど、幸いなことに交通費も出ることですし、久々の鉄道通勤とやらを楽しもうと前向きに通うことにいたしました。

 ええと、車検が切れたのは七月末でしたから、列車通勤は八月から始めたことになります。当時、高校生は夏休みですし、前述の通り多くの大人には列車を使う利点があまりありません。車検切れで乗る羽目になるなんていうのは僕くらいなものでしょう。よって、この頃の列車は割と快適でした。
 定刻の五分ほど前に駅へ着くように家を出れば、ホームで煙草を吹かし終える頃に遠くから遮断機の音が聞こえてきます。二つ前、一つ前、そして駅構内の遮断機が鳴り、ゆっくりと気動車が滑ってきます。単線ですから、すれ違うように反対方向の車両も入ってきて、静かだったホームはエンジンと遮断機の音と黒煙で賑わいます。ああ、うっかり忘れそうになりますが、駅に遮断機があるのも珍しいかもしれません。別に駅の脇に道路があってそこに遮断機という話ではなく、構内にそれがあるのです。改札をくぐってすぐが下りのホームで、そこから反対のホームへ行くには線路の上を横断せねばならないのです。運行本数の多い鉄道路線では真似のできない構造でしょうね。更に付け加えるならば、数年前には遮断機などありませんでした。
 そんな感じの風景を後に、気動車はぐぐぐっと鈍い加速で走り出し、線路は果てしなく真っ直ぐなのに車体を大きく揺らしながら走ります。最高速度は、東京の電車がホームへ進入するのと同じかそれより遅いかくらいに感じられます。栄えているところは駅の間隔も短いですから、ディーゼルの加速では最高速度が出る前に次の駅に着いてしまいますし、それなりに早く走れる場所では、そのほとんどを田圃と共に過ごしますから、なかなか相対的に速度感を掴むことができません。まあ、頭を垂れた稲穂の海を風が吹き抜け、点在する作業小屋の屋根には白鷺が群れている景観の先には国道が併走しておりまして、目を凝らして見れば、車の流れと同等かそれ以下の速度なのは確かなようです。

 車体の振動は派手ながらも、あくまでもゆったりとしたペースで走る気動車に揺られる二〇分間、文庫本片手に過ごすのも悪くはないなあと、一月も経つ頃には感じていました。都会の交通システムしか知らない人からすれば、どう考えても異国の交通機関という雰囲気は、決して悪い物ではありません。車内には、まるで路線バスのような運賃表の電光板と乗車券の発券機、それに料金入れがあります。無人駅ではいちばん先頭のドアしか開かず、切符か料金は料金箱へ投入します。定期券の人は定期を運転手さんに見せて降ります。有人駅だと思って安心していてはいけません。有人だと思っていた最寄りの駅も、早朝夜間は無人駅になってしまうのです。切符はどこで買うの!? なんて混乱しているうちに始発列車は通り過ぎてしまいます。一度、東京からの帰りに車内で切符を紛失したことがあったのですけれど、降車の際に運転手さんにそれを告げましたら、「じゃあ、いいですよ」とお咎めも料金請求も無しでした。有人の時間帯ならば、駅できちんと紛失した切符と同額を二重に支払うことになったのかなあとも考えましたが、もしかしたら、それはないかもしれないなあと、この列車に関しては思えてしまいます。
 ある日、いつも家を出る時間を過ぎてしまい、駅に着いたときには既に構内の遮断機が降りていました。少し悔しい気もしますけれど、三〇分も待てば次が来ますし、そのくらいの遅刻は僕にとって大した事態でもないので遮断機の前で乗るはずだった上り列車が行くのを見送ろうくらいの気持ちですらあったのです。上り列車だけならば、これがホームに収まった時点で遮断機が開きますから走れば乗れるかもしれませんけど、この時間は下りホームにも列車が居て、そいつの進行方向にある遮断機は、結果的に二つの車両が出て行くまで開かない、そういうはずでしたから。
 でも、上り列車はいつになっても発車しません。それどころか駅員さんが遮断機のところで列車に向かってなにやら合図していたりします。どうやら、たったひとり、僕だけが乗るのを、少ないとはいえ他に乗客も居て、遅いとはいえ一応はダイヤの存在する気動車が待ってくれたのです。おかげで、アルバイト先にはいつも通りの遅刻で出勤することができました。
 実を言いますと、九月になって高校生が復帰した朝の列車、車内に充満し音圧となって押し寄せる黄色い声に具合が悪くなってからは、一時間ほど遅刻して通うのがすでに当たり前になっていたのです。第一、車で通っている頃から遅刻無断欠勤当たり前という、どうしてクビにならないのか本人すら不思議に思える不良アルバイト状態でしたから、逆説的に言えば、一時間程度の遅刻できちんと出勤することの方がかえって珍しいくらいで、まあ、だから車検代を稼ぎ忘れるなんて事態にも陥ったわけなのですけれど、そんな僕ですら発車を遅らせて待ってくれた列車には、申し訳ないようなちょっとした嬉しさみたいな感情が芽生えたのでした。

 朝は、列車に合わせて家を出ればよい鉄道通勤も、帰りはそうもいきません。遅刻しようとも定時で帰る僕は、下り列車を二〇分ほど待たなければなりません。まあ、向こうも待ってくれるわけですから、こちらも、薄明かりのホームで文庫本片手にゆっくりと待ち時間を楽しみます。
川上卓也(かわかみ たくや)プロフィール
1974年生まれ。全日本貧乏協議会会長。不況長引く現代を貧しくも力強く生きる貧乏人にとっての啓蒙を促し、21世紀における貧乏の定義を確立すべく活動中。著書に『貧乏神髄』(WAVE出版)がある。