


世界性愛事情評論家。官能小説家。慶応義塾大学総合政策学部卒。著書に『快感トラベラー』『世界20カ国でヤッちゃった!!』がある。電子書籍『快感トラベラー』『快感トラベラー2』『人に聞けない快感セクシー英会話』『二十ヵ国男ミシュラン』『令嬢アパート』など発売中。
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婚活をしているかどうかにかかわらず、人生に悩みの種は尽きません。
人は毎日、選択と決断を繰り返して生活をしています。服装、食事のメニュー、交通手段、道順、行き先、ミーティングの相手、余暇時間の使い方、と似てはいても異なる幾通りもの方法で、24時間を使っているのです。
選択肢が複数あって決断できていない問題が「悩み」です。婚活をしている男女は、まさに悩んでいる真っ只中ということになります。
対人関係の悩みは自分一人のアプローチでは解決できないことが多いため、決断を先送りしがちです。
解決できない悩みを抱えると、人は悩むこと自体を止めるのではなく、別の悩みを見つけて解決しようとする傾向があるようです。この場合、別の悩みとは、一人で決断、解決が可能と思われる自分の内面に向けられることがほとんどです。ダイエット、スキルアップなど美容、健康、教養が良い例でしょう。
メインの悩みは解決に向けて進んではいなくても、何か一つ決断をしたことによって、一歩前進、成長した気になるのです。大き過ぎる目標は、小分けにして達成段階を設けておくといつかはゴールに辿り着ける、とはビジネスの基本です。
千里の道も一歩から、は仕事でも婚活でも同じなのです。
この第一歩を踏み出すべく、多くの男女が「自分磨き」なる自己投資を行い、人間として魅力向上を図ろうと日々努力をしています。
しかし、当初は他者から好かれ、高評価されるために行っていたはずの自分磨きは、度が過ぎると磨く力ばかりが強化されていくようです。磨けば磨くほど、次第に他者への関心は薄れ、磨かれ輝いていく自分しか愛せなくなっていく危険性を孕んでいることを忘れてはなりません。
悩みを抱え、考えあぐね、自分を磨く人間模様を
「人間は考える葦である」
と、17世紀のフランスの哲学・数学者、ブレーズ・パスカルは表しました。
宇宙の中で人間とは小さな生物ではあるが、考えるという行為により宇宙を超えることもある、という主旨だそうです。
が、私は長年、このように解釈をしていました。
人間とは考えるという行為によってしか人間ではいられない。考えなくなったら葦のように群れを成す草も同然である。
だから人間は考えなくてもいい余計なことまで考え、しなくてもいい余計なことをし、間違った方向に進んでいってしまうのである、と。
生涯独身のまま39歳で亡くなった天才思想家、パスカルは、
「結婚は一種の殺人である」
とも唱えました。理由は、愛する人と結ばれることにより、神の存在を忘れてしまう恐れがあるからだ、というのです。
徹底して神の標す道を探し歩もうとしたパスカルは、自分の思考を妨げる欲望や楽しみは一切排除し、厳しい禁欲生活を送ったことでも知られています。
パスカルは内側に釘の飛び出たベルトをいつも巻き、欲望に誘惑されそうになると釘付きベルトを締めつけ、自らを罰したというのです。最期は友人や家族の愛をも拒絶し、死亡しました。
これも一種の自分磨きが加熱しすぎたケースと言えなくはないでしょうか。
パスカルほど過激ではないにしても、有史以来、何事も努力を重ね高い技術を可能にしてきた日本人は、修業やお稽古事が好きな民族です。
修練癖ともいえる真面目な気質は、時に、お稽古をしたことで達成できるはずだった本来の目的さえ忘れさせ、お稽古道そのものを加熱させていってしまうことが珍しくありません。
独身女性には特にこの傾向が顕著です。
料理、書道、英会話、フラワーアレンジメントなど、婚活の一環として始めたはずのお稽古が、気づけば没頭している趣味となり、週末はお稽古事の予定で埋め尽くされ、デートをする時間もない、とはよくあるケースです。
年収1000万円、メーカー勤務、婚姻歴なし、42歳のH氏も未婚人生を悩み、自分を磨いていました。
H氏の悩みは第一が結婚、第二が毛髪でした。
科学は進化し、現在では薄毛も治療可能となりました。薄毛に悩む男性は、皮膚科を受診すれば症状改善が見込める内服薬が処方されるのだそうです。
投薬費用は一ヶ月に約8000円。表参道や銀座の有名サロンでヘアカットする代金とほぼ同額です。
H氏のメールアドレスが、毛がフサフサ(kega2323 @xxxx.xx.xx)だったことから、私はこの治療薬の存在を知ったのです。
初対面のH氏は、ダークブラウンのスーツにパープルのシャツ、ワインレッドがアクセントのネクタイ、とネット婚活男性としてはかなりファッショナブルな服装で登場しました。
身長は一六三センチと小柄でも胸板がかなり厚いH氏は、イタリア系ダンディーを目指しているように見える、元柔道家です。
H氏は頭部全体が約3ミリメートルの毛で覆われ、特にまばらなところも見当たらず、気になるような隙間もなく、額が特別広いわけでもありません。ヘアスタイルは武道家らしく清潔感充分です。
武道にオシャレに、毛がフサフサのメールアドレス。
私の脳内で、これら三点はつながらず、何かちぐはぐな印象を受けました。そこでこう質問してみたのです。
「ところで、なぜメールアドレスが、毛がフサフサ、なんですか?」
「いやあ、なんか面白いかな、と思って……」
「そうでしたか。長髪にされているのか、あるいは逆に生えてこなくて悩んでらっしゃるのか、くせ毛で困ってアフロヘアみたいになっているのか、なんて想像していました。お会いしたらすごくオシャレをしてらっしゃるし、髪型は特徴的ではないので、なんでかな、と」
するとH氏は少し照れたような表情で頭に手をやりました。
「す、鋭いね。いやあ、だったら本当のことを言うけど、実は確かに悩んでいた時期があって、薬を飲んでるのよ」
「薬って?」
「今、ハゲに効く薬があるの」
「トニックみたいな育毛剤じゃなくて、ですか?」
「飲み薬。皮膚科でもらえるの」
「へえ! そうなんですか。薬の効果で今の髪型なんですか? スゴイですね。じゃあ、もう悩みも解消されてバッチリですね。素晴らしいですね。もう長く飲んでらっしゃるんですか?」
私は科学の発達に敬意を払い、驚嘆の声を上げました。しかし、H氏は得意気に喜ぶのではなく、表情を曇らせるのです。
「うん、まあそうだけどね……」
「……なんか副作用とかもあるんですか」
「そう、まあ、それなんだけど……男性ホルモンをコントロールする薬だから、あっちの方が弱くなるんだよねえ」
「ああ、なるほど、男性ホルモンだから……。でも、それじゃあ、婚活とは逆の方向に作用してしまいますね……」
これこそ自分磨きの落とし穴。男性として魅力アップを図っているつもりが、肝心の機能を低下させてしまっているとなっては元も子もありません。
「えっ? なんで逆なの?」
H氏はいかにも心外という顔をしてみせました。
「ええっ?! だって、結婚したい、と思ってらっしゃるんですよね?」
子どもが欲しいから結婚したいという目的の婚活者も多い中、いくら見た目が良くても勃起できないかもしれない男性との交際を希望する女性がいるでしょうか。
「そう、だから少しでも若くしようと」
「だって、見た目を多少若くしてオシャレでいても、男性の重要部分に負荷をかけてしまったら本末転倒になってしまいませんか? 女性ならまあ、見た目を若くするのは意義があるかもしれませんが。弱くなるって自覚もあるのに、下半身に負荷をかけ続けていたら、役に立たなくなってしまうかもしれないですよ。よっぽど普段からトレーニングをしておかないと」
ペニストレーニングなるものを執筆中だった私は、つい力が入ってしまいます。使わない器官は衰える、とは全ての男女の身体の隅々に当てはまることなのです。
「う……ん、使ってないなあ、しばらく……実は……前にトラウマになるようなことがあって……」
うつむいたH氏は、ぶ厚い大胸筋の膨らみに首が埋もれ、巨大な亀のような印象です。頑丈そうでオシャレな甲羅の中に、H氏は何を秘めているのでしょうか。
H氏には婚姻歴はありませんが、同棲経験がありました。
遠距離恋愛をしていたH氏と彼女は、お互いの両親への挨拶も済ませ、結婚寸前の状態で同棲生活をスタートしました。一緒に暮らし始めてからは、かつて思うように会えなかった分、それこそ毎晩、何度でもお互いを求め合っていたそうです。
が、次第にセックスの頻度が落ち、帰宅も遅くなりがちなH氏に対し、彼女は浮気を疑い出します。彼女は、H氏の携帯電話を無断で見たり、皮肉を言うようになったりしました。
以降は全くのセックスレス。
断じて浮気はないというH氏は疑心暗鬼に囚われた彼女を無視していました。彼女は精神不安定になり、仕事を辞め、最終的には精神科へ入院。彼女の両親からも「鬼」と罵られ、別れるのは至難の業であった、とのことなのです。
それからは、セックスは恐怖でしかなく、マスターベーションもしていない。
薄毛治療薬は、この頃から服用開始。
今では恋愛願望はあってもセックスをする自信はない。女性と触れ合いたい気持ちもあるし、子どもも諦めてはいないけれど……かといって勃起不全治療薬を飲んでまで勃起する必要性を感じない。
これがH氏のセックス恐怖のトラウマ、勃起不要物語です。