私は以前、結婚寸前まで行きながらも、やはり結婚生活にセックスは不要とする男性に最後は「生理的に受け付けません」と交際終了宣言をされています。硬くならないかもしれないペニスについては、私の方こそトラウマでしかありません。
 世界旅行中、寝ても覚めても勃起する男たちに囲まれてきた私は、2008年以降、煮ても焼いても熱くならない勃起不要の男たちに悩まされてばかりです。
 勃起は世界中、どの国においても、男性のアイデンティティーではないのでしょうか。
 恋愛を諦めずに勃起を諦める男性をこれ以上、日本国内に増やすわけにはいきません。私はセックスレスに悩む多くの日本女性を代表するようなつもりで、H氏の危険な自分磨きにストップをかけたのです。
「いざっていう時、本当に威力を失くして二度と勃ち上がらなくなったら、どうなさるんですか? これから結婚して事を行おうとしているはずなのに。そんな毛生え薬だったら今日からもう止めないと、婚活の意味がないじゃないですか。髪の毛がないと結婚しない女性だったら、最初から結婚しない方が良くないですか? 夫婦生活において重要な箇所は頭じゃなくてもっと下でしょう?? 頭は中身ですよ。外側は毛で覆われていようがいなかろうが、中身が充実していれば大丈夫ですっ」
 執筆のためペニスの研究を重ねていたこともあり、私は勃起の重要性を一層熱く説きました。するとH氏は、すがるような眼差しで身を乗り出して言うのです。
「ほ、ほんと? ホントにもう、薬止めた方がいいかな?」
「当たり前じゃないですか! ありのままのHさんの方がきっと素敵ですよ」
 
 外見を若く保つためにペニスを犠牲にし、交際女性に心理的負担をかけるかもしれなくても勃起不要と考える。これは、私にとってはパスカル同様の他者排斥へ向かう自己愛にしか見えません。
 交際する前の告白だったため、硬くならないかもしれないペニスの恐怖に怯えなくても済んだ、と私は胸を撫で下ろしました。
 性器をつながず、手をつなぐ、が自分の婚活課題とはいえ、セックスをせずに男女が円滑に交際する方法は、まだつかめていないのです。
 勃起不要論を改めてもらえない限り、不健康な交際にわざわざ身を投じる理由は見当たりません。私が求める安心できてラクな交際には、勃起を含む心身の健康は必要不可欠です。
 強固な勃起は男女双方に心の余裕をもたらします。が、オンナは硬くならないペニスに一方的に甘えられても困るのです。
「すぐには薬を止める決心はつかないから」
 というH氏の健康回復を祈りつつ、面会は終了しました。

 それからのH氏は迷走とも呼べるべき言動を繰り返しました。
「抱きたい時は突然じゃダメですか?」
 とセックス実行宣言らしきものがあったかと思えば、
「作家ってほんとにスゴイ。人として尊敬するけど、守るべき女性としては見られない感じです。多分デートしても……。あれからシミュレーションしてみたけど、なんかしっくりこないんです。つまらない男ですみません」
 と交際お断り宣言がメールで送られてきました。
 しかし、その後、私の作品を読んだというH氏は、
「ヒロノさんが自慰なんて、とても信じられない感じだけど、作品の中にはあったよね。あれは事実? 他の女の人もそういうことってしてるの?」
「今までで一番思い出に残ってる恋愛ってどんな感じですか? 変なエピソードでもいいですよ」
「音楽家はいつも頭の中で音が鳴ってるなんていうけど、作家はセックスの最中も文章が浮かんでるの?」
 など、まるで取材のような質問メールを毎日のように投げかけてくるのです。返事をせずにいても、
「今度またランチしませんか?」
 とメールが途切れる様子はありません。
 交際不成立とした時点で肩の荷が下りると、婚活男性はここまで積極的になるものなのでしょうか。
「すみませんが、交際意思がない方とお会いする時間までは作れないんです。仕事もあるので、ごめんなさい」
 と私が遠慮すると、今度は、
「せっかく良い気分にさせてあげようと思ったのに。いつまでもお姫様気質なのは止めたら? そんなんじゃ誰も寄ってきませんよ。イイ女なのにもったいない」
 と忠告めいたメールまで間髪を容れずに返ってくるのです。
 ひょっとして薄毛治療薬を中止したことで、情緒不安定になってしまったのか、あるいはホルモンバランスが崩れ、攻撃性が急に突出してきたのか、と心配せざるを得ないような様子です。
 女性として見られないと断言しつつ、良い気分にさせる、とはどのような方法を思い描いたのかも謎でしかありません。
 いずれにしろ、硬くならないかもしれないペニスの持ち主は恐ろしい、が証明された一件であったことは事実です。

 他人のセックストラウマ物語は自分の恐怖体験をも生々しく蘇らせてしまいます。各国で出会った屹立不動、不軟な割礼ペニスで負の記憶を上書きしようと試みますが、突いてもこすっても勃ち上がらないペニスの図しか頭に浮かんでこないのです。
 ネット婚活市場には、そもそも女性との交際に対し優先順位が低い男性しか存在しないのかもしれません。そしてそのような男性は、物理的刺激なしには、もはや機能を発揮できず、勃起不要な身体になってしまっているのかも……。このまま、婚活を続けていても、ネット経由では強固な勃起の発掘は不可能に近い気もしてきます。
 寄りかかっても倒れない。そんな男根、いえ、男性に甘える権利は私にはないのでしょうか。
 ○○依存症、という言葉の出現により、自分以外の何かに頼って生きることは堕落や怠惰であると認識されるようになりました。実際の目標達成具合よりも、黙々と努力していること自体が高評価される傾向にある日本では、依存とは努力を怠った行為と見なされるのです
 他者に依存することは、周囲から欠陥人間として刻印され、社会的に許容されにくくなっています。そこで人は、自己完結を目指し、一人で達成可能な自分磨きへと向かうのでしょう。

 欠陥の刻印を恐れずに、依存の波に溺れたい。
 一人で補てんできない穴を他者の肉と魂で埋めてみたい。

 それらは現実には許されず、私が一人遊泳する官能妄想世界でしかあり得ないのでしょうか。
 少々のことでは倒れない頑丈な根を張る中身勝負の男性出現は、よもや夢に終わるかもしれません。
 婚活向けの自分磨きとは、他者を排斥する修業でも現実を忘れるために没頭する趣味でもありません。極度の期待はしないけれど夢を諦めない、妄想力の維持トレーニングが効果的なのではないか。そう信じて、今宵も目を閉じるのです。