とてもフレンドリーなチュニジア代表ジャイリ選手



4月5日
ポーツマス→ロンドン 108キロ


 締め切りの都合で、この行程だけ飛行機を利用する。ホントだったらキャンピングカーでマルセイユまで下り、そこからフェリーでチュニジアに入りたかったのだが、そうすると、チュニジア取材の様子を掲載しなければならない雑誌に穴を空けてしまうことになる。というわけで、早朝、丹羽君の運転でヒースロー空港へ向かい、そこでキャンピングカーとはしばしの別れ。一人残った丹羽君がイタリアはミラノまでキャンピングカーを運転し、3日後の朝、空港で合流することになっている。ロンドンからミラノまではおよそ1100キロ。果たして一人で大丈夫なのかとの懸念もあるが、丹羽君、実は佐川急便でドライバーをやっていたプロフェッショナル。「大丈夫っすよ」との言葉にあっさり甘えさせてもらった。
 ロンドンからチュニジアの首都チュニスまでは、パリでの乗り継ぎをはさんでおよそ4時間。距離で言ったら日本と台湾ぐらいしかないのに、光の色、空気、すべてがまるで違う。なんだか、そこにいるだけで陽気になってしまいそうな明るさがある。
 空港に到着するや否や、ホテルにチェックインする間もなくスタジアムへ向かう。当初の予定では明日に行われるはずだったチュニジアきっての名門チーム、エスペランスの試合が1時間後にキックオフされるのだという。これが日本から到着したというのであれば、ぐったりして「ちょっと勘弁してください」になるところだが、イギリスとチュニジアは決して遠くない。一同、元気よくスタジアムへ向かうことになった。
 市内からクルマで15分ぐらいのところにあるオリンピック・スタジアムは、6年前、前園や中田、川口のいたアトランタ・オリンピック代表チームが試合をやったスタジアムでもあった。あの頃はまだ携帯電話が普及していなかったため、スポニチの記事を頼まれていたカネコタツヒトは、ハーフタイム、試合終了後の2回、スタジアム周辺にあった「電話屋さん」まで大ダッシュをして原稿を送ったものだった。毎日の恒例行事になった携帯電話による日本への「阪神、どうでしたか?」コールをしながら、懐かしく思い出した。ちなみに、この日も阪神は勝って開幕から6連勝とか。いやいや、えらいこっちゃ。
 多数のチュニジア代表を擁するエスペランスは、僕たちがスタジアムに到着した時、すでに2ゴールを奪っていた。キックオフの時間に遅れることたったの10分だったのに、である。サポーターたちは元気一杯で、次から次へと応援歌を歌っている。その中にはローマのサポーターが歌っているものも混ざっていて、なぜか、歌詞の中に「ナカタ」が出てきていた。一昨年に行ったモロッコでもそうだったが、ここチュニジアでも中田英寿の知名度は大変なもので、個人的な印象からすると、すれ違うチュニジア人の2人に一人は「ナカタ」と耳元で囁いてきた感がある。ここに本物の中田英寿を放り込んだらどうなるんだろうか。
 コーディネーターの方の好意か、はたまた何らかの手違いがあったのか、本来は記者のはずの僕にまでカメラマンのビブスが配られたこともあって、これ幸いとばかりに鈴井カメラマンと一緒にゴール裏で試合を観戦することにする。エスペランスだけでなく、対戦相手の選手も相当に巧い。ただ、一昨日取材したポーツマスとクリスタル・パレスのリザーブリーグに比べると、信じられないぐらい選手の声は少なかった。チュニジア人はイギリス人ほどには自己主張が激しくない、ということなのだろうか。何となく、そこに日本選手の姿がダブる。
 もっとも、仮に彼らの自己主張がさほどではないにしても、自信がないというわけではなかった。
「ブックメーカーがチュニジアを最下位にランクしてる? 彼らは重大なミスを犯していますね。僕たちは最下位になるために日本へ行くつもりはありませんよ」穏やかな口調ながら、きっぱりとそう言いきったのは21歳の若きストライカー、アリ・ジトゥニだった。
 スタジアムの駐車場でばったり会ったハレド・バドラのお兄さんによると、前回大会はベテランが多く、ワールドカップを「最後の花道」とみている選手が多かったそうだが、今回は彼も含めて若い選手が多く、いずれもヨーロッパなどのビッグクラブへの移籍を夢見ている。4年前のどこか引っ込み思案で、闘う前からギブアップをしていた感のあったチュニジアとは、まるで別のチームになるはずだという。彼もまた「いつも前評判の高いチームが勝っていたらつまらないでしょ? 今回は新しい歴史を作りますよ」と自信満々だった。
 取材を終えてからはチュニス市内のシーフード・レストランへ。エビ、イカ、タコ、すべてが美味しかったが、絶品だったのは名物料理のブリック。巨大な春巻きの皮のようなものにシーフードや肉などの具と卵を包み、油でカリッと揚げる。揚げ餃子のようでもあるこの料理、真ん中にかぶりつくと半熟の卵がトロリと出てくる。あんまり美味しかったので、仕事のことは忘れてワインも楽しむことにする。ホテルに帰って5分後、熟睡。

ワールドカップ開催まで、あと55日

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【著者プロフィール】金子達仁 Kaneko Tatsuhito

1966年神奈川県生まれ。法政大学社会学部卒業。サッカー専門誌の編集部記者を経て、95年独立。96年度ミズノ・スポーツライター賞受賞。著書に『28年目のハーフタイム』『決戦前夜』『惨敗 二〇〇二年への序曲──』、共著に『魂の叫び』『蹴球中毒』ほか多数。幻冬舎文庫の最新刊『ターニングポイント』も大好評発売中!