長らく内戦がつづいたコロンビアには、いくつもの反政府組織が存在していた。
 この反政府組織の中でも最大の勢力を持っているのが、コロンビア革命軍 (FARC)だ。コカインの製造・密輸で軍資金を集め、一時は二万人のゲリラ兵を抱え、国の三分の一を支配下に置いていた。
 コロンビア革命軍の非道さは有名だが、そのうちの一つは農家の子供を兵士として徴用することだった。農家や学校から強制的に子供を引っ張ってきて、密林にある基地で徹底的に軍事訓練を施して兵士に仕立て上げるのだ。
 彼らが一般の子供を兵士にするために行なったのが、実際に人を殺させることだった。訓練をいくらつんでも、実際の戦闘ではほとんど意味をなさない。それより一人でも多くの人間を殺すことで、人殺しに対するためらいを薄めた方が、戦場では役に立つ。そこで新人兵士に捕虜を何度も処刑させて、人殺しマシーンをつくり上げたのである。
 森につくられたある基地では、毎日のように新人兵士の軍事訓練をかねた処刑が行なわれていた。数十人の捕虜を閉じ込めている小屋があり、毎日朝になるとそこから一人ずつ引きずり出し、銃で頭を撃ったり、ナイフで頚動脈を切ったりした。
 そんなある日、コロンビア革命軍の兵士が小屋から処刑用の捕虜を引っ張ってきて、殺害しようとした。銃の安全装置を外し、銃口を後頭部に向ける。引き金を引こうとしたところ、捕虜が森を真っ直ぐに見つめて何か独り言をいっているのに気がついた。耳を澄ますとこう言っていた。
「今まで、ありがとうね。他の仲間たちが処刑される時もそうやって見守っていてあげてね」
 兵士の見ている方向には誰の姿もない。生い茂った原生林が風に揺れているだけだ。兵士は捕虜に尋ねた。
「おい、一体誰に向かって話しているんだ」
 すると捕虜は森を指差して答えた。
「そこにいる子供だよ。近くの村に住んでいるそうだ。あの子は俺たちが小屋に監禁されて以来、毎晩現れて励ましてくれたんだ」
 兵士はもう一度森を見てみたが、子供の姿はどこにもなかった。木に止まった鳥が鳴いている。兵士は「嘘を言うな。誰もいないぞ」と怒鳴ったが、捕虜は平然とした顔で「そこにいるじゃないか」と答える。兵士は気味が悪くなり、後頭部に狙いを定めて引き金を引いた。銃声が鳴り響くと同時に捕虜は前につんのめるように倒れ、頭から血を噴き出して絶命した。
 なんとも後味の悪い処刑だった。兵士は仲間にこの話をしたが、きっとあの捕虜は長く監禁されていたせいで気が狂ったのだろうということになった。だが、この日を機に、同じようなことが立てつづけに起こった。毎朝捕虜の処刑をする度に、捕虜は森をじっと見つめて「これまで見守ってくれてありがとうね」と言うのだ。そして捕虜たちはみな「森の中で子供が見つめている」と口をそろえた。
 ある時、兵士が怒って「嘘をつくな。嘘をつくと殺す前に拷問をするぞ」と脅した。だが、捕虜は笑いながら、「嘘なんていうわけがないだろ。そこに子供がいるのが見えないのか」と話を覆そうとしなかった。そして実際に拷問を受けても、ずっと森を見つめて「ありがとうね」と言いつづけて死んでいったのだ。
 ついにコロンビア革命軍の兵士たちは対策を話し合った。彼らには子供などまったく見えない。捕虜たちは何かしらのたくらみがあって口を合わせて嘘をついているにちがいない。彼らは捕虜たちの腹の底を見破るために、毎晩夜通しで小屋を監視することにした。
 深夜、数人の兵士が小屋を取り囲み、中に閉じ込められている捕虜たちの様子を監視した。すると、不可思議な光景が目に飛び込んできた。捕虜たちが鉄格子のついた窓から顔を出し、誰もいないはずの森に向かって手をふったり、話しかけたりしはじめたのだ。ある捕虜は真っ暗な森に微笑みかけ、こう言っていた。
「今晩も来てくれたんだな。うれしいよ。君のお陰で、処刑されてた仲間たちは一人ぼっちで殺されずに済んだんだ。俺が処刑される時もきっと傍で見守ってくれよな」
 兵士たちは見ていて恐ろしくなった。真っ暗な森に誰がいるというのか。人影どころか、暗くて木すら見えないじゃないか。捕虜たちは俺たちをからかっているのか。
 一人の兵士が飛び出し、窓に集まっていた捕虜たちに怒鳴りつけた。
「おい! 俺たちを馬鹿にするのもいい加減にしろ! 誰がいるっていうんだ!」
 彼は自動小銃を取り出し、真っ暗な森に向かって乱射しはじめた。木の枝が折れて落ちる音だけが響く。やはり誰もいないのだ。
 だが、捕虜たちは兵士に向かって叫んだ。
「やめろ! その子を撃つな! そんなことをすれば、その子はおまえらを殺しに来るぞ。頭を撃ち抜かれて殺されるぞ」
 兵士は「まだ俺たちをからかうのか」と怒り狂い、叫んだ捕虜を射殺した。小屋にいた捕虜たちはじっと兵士を恨めしそうに見つめて言った。
「やりやがったな。あの子がおまえのもとに復讐しに行くぞ。もう手遅れだぞ」
 兵士たちは気持ち悪くなり、死体もそのままに小屋を離れていった。
 事件が起きたのは、それから一週間後のことだった。夜、捕虜を監禁している小屋の見張りをしている兵士たちが、立てつづけに自殺したのである。突然銃声が響いたかと思って駆け寄ってみると、兵士たちがみな口に銃を突っ込んで引き金を引いて死んでいたのだ。なぜ自殺なんてするのだろう。理由が全く見当たらなかった。だが、次の週にも同じように見張りの兵士たちが自殺をした。
 どうしたというのか。これは自殺に見せかけた事件なのだろうか。
 コロンビア革命軍の幹部は小屋の前に監視カメラを取りつけて調べることにした。だが、次の週にもやはり同じように兵士数名が自殺をした。幹部たちは自殺の原因を究明するために、監視カメラの記録を再生してみることにした。すると、そこには驚くべき光景が映し出されていた。
 ビデオの中に映る兵士たちはしばらく銃を構えて監視をしていた。だが、深夜二時を回った時、突然兵士たちが森の方を見て騒ぎはじめた。全員声を上ずらせ、恐怖に満ちた表情をして、「あの子が来た! あの子が来た!」と叫びはじめた。「あの子」なんてどこにも映っていないのに怯えているのだ。兵士たちは四方に逃げ惑いながら、追いつめられるようにして次々と銃を口に突っ込んで自殺していった。
 監視ビデオを見終えたコロンビア革命軍の幹部たちは言葉を失った。捕虜たちが言っていたように、やはり「あの子」という見えない子供がどこかにいるのだ。この部隊は「あの子」によって呪われ、殲滅されようとしているのだ──。

 数週間後、政府軍がコロンビア革命軍を制圧するために、この森に侵攻した。森の中に軍事基地があり、毎日のように処刑が行なわれているという情報を得て、攻撃を決めたのである。
 政府軍が戦車とヘリで取り囲んで攻撃をしかけようとしたが、基地からは一切反応がない。コロンビア革命軍の兵士たちはすでに逃げたのだろうか。政府軍が警戒しながら森の基地へ近づいていくと、そこにはコロンビア革命軍の兵士たちの死体が転がっていた。だが、それは戦死ではなく、自殺だった。兵士全員が口に銃を突っ込んで自ら命を絶っていたのである。しかも、その死に顔はまるで怪物でも見たかのように恐怖に歪んでいた。
 政府軍の兵士には、コロンビア革命軍たちが何を見て怯え、自殺していったのかはわからなかった。ただ、自殺した兵士たちは一様に森の方を見ていたことだけは確かだった。











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石井光太 世にも奇妙な 世界の戦争都市伝説
著者プロフィール
石井光太(いしい・こうた)

石井光太1977年東京生まれ。作家。『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『レンタルチャイルド』『飢餓浄土』などの海外ルポルタージュでは、周縁に生きる人びとと交わりながら、彼らの世界観を活写した。東日本大震災後、遺体安置所にはりついて書き上げた『遺体』、国内HIV感染者たちの抱える葛藤を見つめた『感染宣告』など、人の生と死のすがたを追いつづける。貧困者の生態を解説した『絶対貧困』『餓死現場で生きる』、写真エッセー集『地を這う祈り』、絵本『おかえり、またあえたね』ほか著作多数。

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2012年2月15日 vol.262 第一回 第二話
沖縄で死んだ韓国人――朝鮮人強制連行

 国際法では、ジュネーブ条約に則って、戦争でつかまえた捕虜は勝手に虐待したり、処刑したりしてはならないことになっている。これを犯せば国際法に違反することになり、戦後の軍事裁判によって裁かれる。
 実際、太平洋戦争が終結した後、アジア各地で行なわれた軍事裁判などがそれだ。中国人やアメリカ人捕虜を虐待した日本兵が、連合軍側によって戦犯とされ、銃殺刑や絞首刑にされていった。国際法に背くと負けた後にそうした運命が待ち受けているのだ。
 ただし、現在南米やアフリカで行われている戦争は、国家と国家との戦いではなく、ゲリラ組織の戦いであるため、国際法はほとんど無視されていると言ってもいい。兵士たちはそもそも国際法の存在すら知らず、一般庶民に対するレイプや強奪はもちろんのこと、軍事訓練のための捕虜の処刑も、当たり前のこととしてまかり通っているのである。
 コロンビアにおける内戦についても同じことが当てはまる。この国では政府軍、極右軍、極左軍、麻薬密売組織が入り乱れて残忍な紛争がくり広げられた。どの組織も麻薬の売買によって膨大な軍資金を手に入れ、それをもとにして各地で紛争を起こした。国際法を無視した捕虜に対する拷問、強制労働、処刑も珍しくなかった。
 こうした状況下で捕虜となった者たちの不安は計り知れない。小屋に閉じ込められ、鎖で体の自由を奪われ、死刑にされるのを今か今かと待つことしかできないのだ。運が悪ければ単純に殺されるのではなく、拷問の末に殺害されたり、火あぶりや手足の切断など残虐な行為で死を迎えることになる。一度捕虜になれば、今にも発狂しそうなほどの恐怖にさらされるのだ。
 こうした捕虜たちが気を静めるために行うことがある。想像上の「友人」をつくりあげて語り合い、恐れを和らげたり、気を奮い立たせたりするのだ。
 戦争でなくてもこれに近いことは誰もが一度は経験したことがあるのではないか。たとえば、一人暮らしが長くなると独り言が多くなるのも似たような現象だろう。「誰か」を想像して語りかけることで、寂しさを和らげているのだ。
 私はコロンビア革命軍が体験した怪談をはじめて聞いた時、捕虜たちが処刑の前に見た「あの子」というのはそうしてつくられた想像上の友人だったのではないかと思った。小屋に閉じ込められた捕虜たちは、毎朝一人ずつ引きずり出されて殺される。今日は誰だ、明日は誰だと、みな気が気でなかったはずだ。仲間から引き離されて一人敵に囲まれて殺害されなければならない寂しさもあっただろう。捕虜たちはそうした孤独を和らげるために、死刑にも立ち会ってくれる想像上の子供を思い描き、話しかけていたのではないだろうか。
 だが、コロンビア革命軍の兵士からすれば、そんな理由で捕虜たちが頭の中で幻を生み出しているとは考えつかない。捕虜たちが森に向かって語りかけているのを見れば不気味に思い、「捕虜たちは幽霊と対話しているのか」とか「俺たちをだまそうとしているのか」と考えるはずだ。だが、いくらやめろと命じても、捕虜たちは幻に語りかけるのをやめない。
 コロンビア革命軍の兵士たちが抱く不可解さは次第に大きくなっていき、「あの子」に惑わされるようになる。本当に「あの子」はいるのか。もしかしたら「あの子」は自分たちを殺しにきたのではないか。自分たちは呪われているのではないか。そんな混乱状態に陥り、自殺したのかもしれない。そう考えると、この不可解な怪談を読み解くことができるのである。
 実は、戦争において極限の監禁生活が幻を生むという話は決して珍しいことではない。第二次世界大戦中、ナチスから隠れていたユダヤ人のアンネ・フランクが日記の中に架空の人物をつくりだして語りかけていたものは、後に『アンネの日記』として世界的なベストセラーになった。戦争以外にも刑務所の中の死刑囚や、監禁犯罪の被害者が心の支えとして幻の友達を生み出すこともある。
 その中でも、今回の怪談に類似する物語がひとつある。次のようなものだ。

 ナチスの強制収容所に、捕虜となったフランスの兵士たちが閉じ込められることとなった。彼らはガス室での処刑を待つばかりの身だったが、決して生きる希望を捨てたくはなかった。だが、ただ収容所に閉じ込められて死に怯える日々を過ごしていれば絶望で頭がおかしくなってしまう。そこで彼らは話し合い、正気を保つためにあるルールを決めた。
 まず、収容所の部屋の隅にある椅子に、「架空の女の子」が座っていることにする。フランス兵たちはその女の子に名前を付け、毎日話しかけたり、世話をしたりする。全員で一つのことをしていれば、心をしっかりと保てるだろうと考えたのである。
 フランス兵の捕虜たちは約束通りに「架空の女の子」をみんなで世話した。誕生日を決めてその日になるとお祝いをし、クリスマスの日はプレゼントを用意して女の子も交えて一緒に讃美歌をうたった。夜にはかならず「おやすみ」と言い、朝には「おはよう」と声をかけた。そうすることで死と隣り合わせの日常に生きていることを考えずに済んだ。
 兵士たちはそれをつづけているうちに、いつの間にか本当に「架空の女の子
 がいると思い込むようになった。つらいことがあれば女の子に愚痴を言い、部屋の中で無礼な振る舞いをすれば女の子の前に行って頭を下げて謝った。いつしか彼らにとって女の子はいなくてはならない存在になっていった。他の部屋では囚人たちが次々と発狂したり、衰弱して死んでいったりしたのに、この部屋のフランス兵たちだけは正気を保てたのはそのおかげだったのだろう。
 やがて連合軍がやってきてドイツ軍を打ち負かし、収容所を開放した。フランス兵たちはようやく収容所を出て祖国に帰れることになった。その日、フランス兵たちは収容所を出る時、一人ずつ部屋の隅に置いてある椅子に腰かけているはずの「架空の女の子」に感謝の言葉を述べて去っていった。

 この話は、第二次世界大戦の強制収容所で起きた「実話
 として世界中につたわっている。だが、実際はこの話は元となっているフィクションがあるそうだ。小説のモチーフが実話として広まって語り継がれたのである。
 おそらくこの話が世界中の人々に「実話」として信じられたのは、それだけリアリティーに満ちているからだろう。人間なら誰もが寂しさを紛らわすために、想像の中で話しかけたり、慰めてもらったりする経験を持っている。だからこそ、人々はフランス人捕虜の話に共感し、それを「実話」として信じ込んだのではないか。
 むろん、似たような話は、他の戦争でもある。たとえば、太平洋戦争が終結した後、南方や北方の捕虜収容所には数多くの日本兵たちが監禁されていた。彼らの一部は戦犯として裁かれる日を待っていたり、すでに死刑判決を受け、執行の日を待ったりしていた。そして、そうした日本兵たちの間では、やはり孤独や処刑への不安をまぎらわすために、「捕虜収容所の外で、数カ月前に戦死したはずの戦友が現れて手をふっていた。きっと俺たちを励ましにきてくれたのだろう」とか「収容所にある牢屋で、日本兵の戦犯が寒さに打ち震えていた。そんな時、死んだ戦友が現れて抱きしめて凍死するのを防いでくれた」と語ったりすることがあった。日本兵たちは、戦友たちが見守ってくれると思い込むことで自分を勇気づけていたのだろう。
 ただ、ここで視点を変えて考えなければならないのは、こうした幽霊話をして励まされるのは日本人捕虜だけである。連合軍の兵士からすれば、「日本兵捕虜が得体の知れぬ霊と交信している」とか「幽霊が日本兵を守っている」という見方になる。つまり、日本人にとっては救いとなる架空の人物も、連合軍側から見れば恐怖の幽霊となるのだ。コロンビア革命軍が捕虜が語っていた「あの子」に恐怖したのとまったく同じ構造であり、連合軍もまたこうした日本兵たちの噂を恐れ、それを語ることを禁じることもあったらしい。
 いずれにせよ、こうした話は、「幻の仲間」をつくり上げなければ戦争において正気を保てないということを物語っている。それほどまでに戦争とは残虐な物なのだ。一体、なぜそこまでして私たち人間は戦おうとするのだろうか。