Webマガジン幻冬舎|長沼毅 “超訳”科学の言葉

#16 謎の深海生物チューブワーム

新しい生物カテゴリーへの進化

 誰だ、あなたは、誰だ。

 ジーザス・クライスト・スーパースター(JCS)のことではない。
 謎の深海生物「チューブワーム」のことだ。
 チューブワーム、スーパースター、誰だ、あなたは、誰だ。

 謎の深海生物チューブワーム。
 誰だと問われれば、動物だと答えるしかない。
 しかし、その外見は植物のようだ。
 外見ばかりか、その内面、すなわち、生きかたも植物のよう。
 外も内もまるで植物のような動物、それがチューブワームである。

 植物のような生きかたとは、どういうことなのか。
 それは、チューブワームは「ものを食べない」ということだ。

 前回(第15回)で「動物と植物」について述べた。
 動物は「ものを食べる」生きもので、植物は「食べるのをやめた」生きものであると。
 すると、「ものを食べない」チューブワームは、系統はたしかに動物なのだが、生きかたは植物的ということになる。

 いや、いくら「ものを食べない」といっても、神通力のある仙人ですら霞くらいは食べているのだ。チューブワームも何らかの栄養は摂らねばならないはず。

 あの「食べるのをやめた」植物でさえ、きちんと栄養は摂っている。栄養を自給自足することによって。

 植物は、太陽の光を浴び、光合成することで栄養をつくっている。
 ちなみに“栄養”の原料は二酸化炭素CO2である。
 CO2といえば、われわれが呼吸で吐く息だし、工場の排煙や車の排気ガスを思い出す。

 CO2から出来た光合成の産物は何だろう。厳密さを欠くことを覚悟で端的に言えば、デンプンとセルロースである。どちらもブドウ糖(D-グルコース、別名デキストロース)が多数つながったものである。

 同じブドウ糖でも微妙に違うαとβがある。その微妙な違いでこんなに性質が変わるのか。と思わせるほど、デンプンとセルロースは違う。

 デンプンとセルロース、何がそんなに違うのか。
 デンプンは食えるが、セルロースは食えない。

 セルロースは植物の体、すなわち植物繊維である。それはたとえば木材であり、紙の主成分である。
 もし、私たちが木や紙を食えたら、今ある食料問題など、一気に解決するだろう(それで人口が増えたら、どうせまた新たな食料危機=セルロース危機になるだろうけど)。ある特殊な菌類や微生物だけが、セルロースを分解し、それを栄養にして生きることができる。

 牛や羊などは「ルーメン」という特殊な胃を持っていて、そのなかにそういう微生物を飼っている。だから、牛や羊は草の繊維、そして、紙を食べて生きていけるのだ。ルーメン微生物のおかげである。
 できれば、私の胃にも、ピロリ菌ではなく、ルーメン菌がいてほしい。

 馬はルーメンがないので、草の繊維を栄養にできない。馬は草にあるほんの少しのデンプンを摂取するだけだ。馬は植物繊維のほとんどを未消化のまま排出する。馬糞と牛糞の違いがここにある(注1)

 おっと、話が逸れてしまった。
 チューブワームの自給自足、そして、植物の光合成の話だった。

 植物の光合成といっても、実際に光合成しているのは“植物のオリジナル細胞”ではなく、その細胞内にある「葉緑体」である。
 葉緑体は、その昔(いつだろう、20億年ほど前?)、当時は動物にも植物にも分かれていなかった原始の真核細胞(上述の“植物のオリジナル細胞”)に、原核細胞のシアノバクテリアが侵入したものである。あるいは、真核細胞に“食われた”のか。

 いずれにせよ、シアノバクテリアは、宿主細胞(植物細胞)のなかで飼い慣らされ、そのゲノムの大部分は宿主の細胞核(核ゲノム)に取り込まれてしまった(注2)

 ゲノムの大半を失い、植物細胞に飼い慣らされたシアノバクテリアは、もう外界で自由生活を営むことができなくなった。
 こうしてシアノバクテリアは葉緑体と化し、植物細胞の一部というか“部品”――細胞内小器官(オルガネラ)――として生きるしかなくなったのである。

 さて、チューブワームだ。
 チューブワームが栄養を自給自足するのも、植物の場合によく似ている。

 植物の光合成は、細胞内のオルガネラ「葉緑体」が営んでいる。それと同じように、チューブワームにおける栄養の自給自足も、チューブワームの細胞内に存在するオルガネラのような微生物「プロテオバクテリア」によって営まれている。
 一口にプロテオバクテリアといっても、これはとても大きなグループなので、特徴を一言でまとめることができない(注3)
 もう少し狭めていうと、ガンマ・プロテオバクテリアの硫黄(イオウ)酸化細菌ということになるが、今はそこまで専門的になる必要はない。

 イオウ酸化細菌は文字通り「イオウを酸化する細菌(バクテリア)」である。そして、イオウ酸化細菌は、CO2から“栄養”をつくる。その“栄養”とは、ブドウ糖、そして、それがつながったデンプンである。(セルロースは植物の細胞壁や繊維の主成分なので、細菌はセルロースをつくらない)

 CO2から栄養をつくるなんて、まるで植物の光合成ではないか。
 そう、その通り。

 チューブワームは暗黒の深海底で光合成と同じことをする。だから、私はこのことを「暗黒の光合成」と呼ぶ。
 光のない深海底で、どうやって光合成をするのか。それは、光エネルギーの代わりに、化学エネルギーを使うのである。
 光エネルギーは、太陽の光を浴びるだけで入手できるが、化学エネルギーは?
 化学エネルギーを使う方法はたくさんあるが、ここでは一つだけ例示しよう。先述したように、「イオウを酸化する」のである。

 酸化は、ここではほぼ「燃焼」と同義と考えてよい(注4)
 燃焼から光エネルギーや熱エネルギーが得られることは、経験的に知っている。それと同様に、酸化からもエネルギーが得られることが直観的にわかるだろう(注5)
 イオウ酸化でエネルギーを得るのは、チューブワーム本体ではない。
 それは、チューブワームの細胞内に共生するイオウ酸化細菌である。得たエネルギーでCO2から栄養をつくるのもイオウ酸化細菌である。

 こうなると、このイオウ細菌はまるで植物細胞における葉緑体のように見えてくる。
 そう、その通り。

 チューブワームの細胞内に共生するイオウ酸化細菌は「葉緑体化」しつつある。つまり、チューブワーム細胞の部品――オルガネラ――になりつつあるということだ。
 しかし、それはまだ発展途上であり、未完成である。
 イオウ酸化細菌が、チューブワームの親から子へ継承されたら完成度は上がる。が、しかし、その現象はまだ確認されていない。

 でも、近い将来か、遠い将来か、いつか必ず、そうなるだろう。そうなった暁には、この共生関係は「植物と葉緑体」の関係に匹敵するはずだ。
 それは、動物でも植物でもない、新たな生物カテゴリーの誕生である。
 私たちは、そういった進化の「断面」をいま見ている、ということだ。

 この“進化”は、いわゆる“標準理論”の「新ダーウィン主義」(総合説)とは異なる(注6)。この進化は「共生進化」あるいは「キメラ進化」とでも呼べるものだからだ。
 キメラとは、体のパーツが違った生物同士の組合せでできた生きものである。ライオンの頭とヤギの体、ヘビの尾からなるギリシア神話の「キマイラ」に由来するといえば想像できるだろうか。
 植物も、実は、“植物細胞の祖先”と“葉緑体の祖先”(シアノバクテリア)というパーツからなるキメラである。
 そして、チューブワームも“チューブワームの細胞”の中でイオウ酸化細菌がパーツ化している、すなわち「キメラ化」しているといえる。
 チューブワームは、現在進行中の「キメラ進化」の実例をみせてくれている。これが完成したら、チューブワームは、動物でも植物でもない、新しいカテゴリーのキメラ生物になる。
 そのときチューブワームは、「誰だ」と問われて、何と答えたらよいのだろう。


(注1)牛糞や馬糞は肥料として園芸や土壌改良に用いられることがある。それぞれの特長を活かして使い分ける、あるいは、混合して使うこともあるようだが、私はあまりわからない。
(注2)オリジナルの葉緑体(おそらくシアノバクテリア)にあったゲノムのかなりの部分は植物細胞の核ゲノムに移行したが、葉緑体にもまだ15万字(15万塩基対)ほどの「葉緑体ゲノム」が残っており、100個ほどの遺伝子があると考えられているが、個々の遺伝子の役割や遺伝子発現については現在でもまだ研究が続けられている。
(注3)プロテオバクテリアには1500種以上の細菌(真正細菌、バクテリア)が属している。これは全バクテリア種の約1/3に相当する。
(注4)酸化反応は必ず「還元」反応とペアで起こる、すなわち、酸化還元反応として起こる。つまり、燃焼とは酸化還元反応である。
(注5)エネルギーが「得られる」というのは誤解を招くかもしれない。化学の世界ではよく酸化還元反応から「化学エネルギーが遊離する」といい、その遊離をもって「得られる」と言うのである。もともと潜在的に秘められていたエネルギーが顕在化することを指すので、エネルギーが「生じる」という言い方は正しくないことがわかる。エネルギーは新たに生じないし、消滅もしない。エネルギーはただ潜在から顕在に変遷し、あるいは、光や電気、化学エネルギーから熱エネルギーなどに流転するだけである。
(注6)新ダーウィン主義(総合説)は進化の原因を①遺伝子のランダムな突然変異による遺伝子型の変化、および、②遺伝子型の変化が蓄積して顕現した表現型の変化に対する自然淘汰(競争原理、適応成功度など)に置いている。これに対し、ここで述べている「共生進化」は上述の①は当てはまらないものの、②は共通の進化要因であると考えられる。すなわち、共生した結果、より生き残りやすくなった、あるいは、より繁殖しやすくなったからこそ、いまの繁栄があると考えることができる。
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教科書には絶対載らない!“超訳”科学の言葉

長沼毅(ながぬま・たけし)

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。

専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。

酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。

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