

四角い顔に、目尻と眉毛は下がりっぱなしで、私が何か話すと「あひぃ〜」と声を出して笑うジァファ。私は心の中で、そんな彼のことを「二郎ちゃん」と呼んでいた。坂上二郎にそっくりだったのだ。
ジャファはアンジュアン島という隣の島に住む貿易会社の社長で、ここへは休暇で遊びに来ているのだと言った。
「すぐ近くのビーチに、ウミガメが産卵しにやってきます。さらに小島へ渡ったところでも、ウミガメの産卵が見られるんです」
どうやらモヘリ島は、「海ガメの産卵」が唯一の見どころのよう。
3日後、アンジュアン島へ戻るというジャファ。「私と同じフライトだ」と思った瞬間、あることを思い出し、血の気が引いた。
あっ、パスポート!!
グランドコモロ島の空港のチケットカウンターに、パスポートを預けたままだったのを思いだした。パスポートを預けてキャンセル待ちをしている間に、突然、滑走路に停止している飛行機に乗るよう言われ、慌てて飛び乗った。考えてみたら、搭乗の手続きもしていなければ、チケットもない状態で乗ったのだ。そりゃ忘れちゃいますよ、パスポート。
空港に連絡しようにも、宿には電話がない。
「郵便局なら電話がありますから、行きましょう」というジァファと一緒に、車で郵便局へ。しかし電話はできたものの、担当者が留守。再び出直すことになった。
盗まれたんじゃないかと気が気じゃない私に、「おいしいものを食べたら元気になりますから」と、その日の宿のディナーは、ジャファのおごりで巨大ロブスターの炭火焼きと小エビの串焼き、それに白ワイン。
殺風景なヤシ林の中に、ポツンと置かれたテーブル1つ。ジャファと向かい合わせに座って、ロブスターを頬張る。ロプスターは海で獲ってきたばかりとあって、身がプリッと締まっていて甘く、感涙の旨さ。けれど、おいしいものを食べていても、やっぱりパスポートのことが気になってしょうがない。
ようやく空港の担当者と話ができたのは、日をまたいで5回目に郵便局へ足を運んだときのこと。その間、ジャファはまるで保護者のように、毎回、郵便局へ付き添ってくれた。そればかりか、彼が空港の担当者とやりとりして話をつけてくれたのだ。せっかくの休暇だというのに、どうやらデキの悪い娘を放っておけなかったようだ。
結局、パスポートはちゃんと保管されていて、グランドコモロ島から来る次の飛行機で、スタッフが持ってきてくれることになった。
単なる原っぱにしか見えない島の空港で待っていると、飛行機が到着。コモロ人に混じって原っぱの隅に立っているアジア人の姿を見かけたパイロットが、コックピットの窓越しに私の赤いパスポートを掲げ、こちらを見て大笑いをしていた。私の隣でジァファも「あひぃ〜」と満面の笑み。
どうもご迷惑をおかけしました。
無事パスポートが手元に戻って一安心したので、やっとのことで島の観光へ繰り出す。
「はいはい、あなたはここに座ってね」
ジャファは自分がチャーターした車やボートに、当然のように私を同乗させた。貧乏な私としては、なんともありがたい話。便乗観光である。といっても、見るのはウミガメばかり。朝、ウミガメの産卵跡を見て、昼、またまたウミガメの産卵跡を見て、夜、ウミガメの産卵を見る。カメのフルコース観光なり。
滞在3日目、モヘリ島を離れ、飛行機で隣島のアンジュアン島へ。今度はもちろんコックピットじゃなく普通の座席。隣にはジャファが座っている。ジャファの休暇も今日で終わり、明日からは仕事に戻るという。
モヘリ島での滞在中、ジャファには本当にお世話になった。ジャファのおかげでパスポートが無事に手元に戻ったし、観光もできた。おいしい料理もいただけた。感謝の気持ちをジャファに伝え、そしてお別れのあいさつをした。ところが、
「アンジュアン島では、ぜひ我が家に泊まってください」とジャファ。
だってジャファは明日から仕事じゃない。私のことなど構っている暇はないはず。
「ありがとうございます。でも、ホテルを3泊分予約していますから、大丈夫です」
「ホテルはキャンセルすればいいんです。ぜひ我が家へ」
いやいや、そうはいかないって。
機内ですったもんだしている間に、アンジュアン島に到着。何も決まらないままジャファとタクシーに乗り、とりあえず予約しているホテルへ直行した。
ホテルに着き、フロントで「予約した名須川です」と言うと、フロントのスタッフが私の横に立っているジャファに気づいて「あ〜っ、これはこれはジァファさま。いつもお世話になっております」って感じで、スタッフは私を無視してジャファと話し出した。
ジャファったら、このホテルの常連なのかしら……。
話を終えるとジャファが言った。
「ホテルをキャンセルしました。キャンセル料はかかりませんから大丈夫ですよ」
えっ!? キャンセルした? 3日間とも?
私の方はタダで泊めていただけるからありがたいけれど、ジャファには奥さんと娘さんがいるというから、ご家族は迷惑なんじゃないの? 急に客を連れてったら、嫌がられるって。
「妻と娘は旅行に出かけてて留守ですから問題ありません」
え〜っ!? 留守? 余計、泊まっちゃダメでしょう。問題あるよ、ある!!
でも、そんなことはまったく聞き入れてもらえず、高台にあるジャファ邸へ行くはめに。
(つづく)