女の「30歳限界説」は本当か?

Webマガジン幻冬舎: チャリティ同人誌「文芸あねもね」刊行記念エッセイ 南綾子「かなしい疑問」
女の「30歳限界説」は本当か?

「文芸あねもね」発売からあっという間に二カ月が経ちました。この企画の話が持ちあがったのは、震災から間もない三月中だったのですが、改めて振り返ってみると……よくまあ完成したなあとしみじみ思います。正直、製作中は「これ、無理なんじゃね?」と思うことが何度もありました。会社勤めを理由にこまごました雑務から免除してもらっていたわたしがそうなんですから、中心になって動いていたメンバーはなおさらだったのではないでしょうか。とにかくこの企画に携わることで、一冊の本ができあがるまでに毎回たくさんの人のお力を借りているのだなと改めて強く感じることができました。しかしですね! 予想以上に多くの方に読んでいただいている「文芸あねもね」ですが、なにせ販売料金が格安(なんと380円!)なもので、多くの時間と労力をかけたわりには、募金額にするといまだ少々心もとないところ。未購入という方、この機会にぜひ販売サイトをクリックしていただけたらと思います。どうかわたしたちのタダ働きがムダ働きにならぬよう、お力を貸してください。電子書籍に抵抗があるという方、公式ブログには購入方法の解説ページもありますでの、ご覧いただければ幸いです。

 さて、前回すでに告知したとおり、このエッセイは今回が最終回である。どうして終わるのかというと、それにはいろいろ事情があるのだが、個人的な本音をぶっちゃけると「かなしい疑問」というテーマではこれ以上ネタが思いつかないのだ。もちろん、日々暮らしているとさまざまな「?」にぶちあたる。なぜ、セミは人んちのベランダで死ぬのか。なぜ、急いでいるときに限って部屋の鍵が消えるのか。なぜ、電車に乗った時にわたしの隣の客ばっかりが眠りだしてこくこくこちらに寄りかかってくるのか。そういった生活にまるわる疑問はもちろん、「美人でも鼻くそほじくるときがあるんかなー。だってそうしないと鼻の穴つまっちゃうもんなー」といった下品系まであげだしたらきりがない。しかし、それらこまごました疑問でエッセイ一本書く技術がいまのところわたしにはないのである。なので、ひとまず今回が最終回とさせていただく。

 最後の疑問は、わたしの現在の最重要案件である。ズバリ、「(女の)30歳限界説」について。

「女子アナの定年は30歳」説なるものがある。ほとんどの女子アナは30歳を過ぎたらお役御免となり、暗に寿退社を迫られたり、あるいは容赦なく配置転換させられる、というものだ。アナウンス部に残れるのは、一部の実力者か人気者のみ。女子アナというポジションは常に若さと鮮度が求められ、熟練の技術や知識などといったものは二の次、あるいは不要とされていることを、この「30歳定年説」は象徴している。
 上記の言葉は、以前はよく耳にした。しかし最近はあまり言われなくなった気もする。だからといって、彼女たちをとりまく環境が大きく変わったとは思えない。一般社会ではとっくに死語化している「寿退社」がいまだまかり通っていることからも、その職業の特殊性がよくわかる。最近は二十代のうちで結婚しない女子アナが増えた分、30前後でフリー転身するという新しいケースが増加した。それにしても、大学を卒業したばかりの若い小娘をそれなりのアナウンサーに仕立て上げるためには、多大な労力と何より大きなコストがかかるはずだ。そうまでしてやっと一人前(中には全然半人前の人もいるけど)となった社員が、長くても七、八年、早い場合は二、三年で「新しい環境に飛び込んでみたい」だの「自分の力を試したい」だとのわけのわからん理由で、当たり前のような顔をしてやめていくことに対し、テレビ局の中の人らは何も感じないのだろうか。むかつかないのか。
 ……むかつかないんだろうね。何も感じないんだろうね。彼女たちの「二十代」を独占販売したことで、教育にかけたコストは充分ペイできているということなんだろうね。よく人気の女子アナに対し、「フリーになったら年収が●倍」だとかなんとか下世話なことを言っているメディアを目にするが、しかし彼女たちは必ずしも年収アップだけを目的にフリー転身しているわけではないのではないかと思う。
 その動機の大きなウエイトを「社内でババア扱いされたくない」という気持ちが占めているのではないか。30歳になった途端、いきなり新品から中古扱いされるなんてたまらない。フリーになれば、あまたいるタレントとごちゃまぜにされ、ご祝儀的なちやほやの恩恵も受けられ、元女子アナという大看板を武器に女としての優位性を保っていられる。ところが社内にいる限り、毎年必ず入社してくる初々しさだけがとりえの新人とくらべられなければならない。女子アナたちが元からプライドの高い性質なのは考えなくてもわかることだ。そんな屈辱に耐えられるわけがない。
 わたしは、女子アナの退社や、あるいは新人女子アナ初仕事のニュースを見るたびに思う。
 30歳限界説は、彼女たちの世界に限ったことなのだろうか。この国に暮らす全ての女性に当てはまることなのではないか。

 話は変わって、わたしが昨年、お見合い関連の取材をしていたことは以前にこの連載で明かしたが、その一環として、某結婚相談所の無料カウンセリングを一度だけ受けた。わたしのスペックをコンピュータに登録し、条件に見合う男性(ここでいう条件とはこちらのではなく、男性側の出している条件)をリストアップしてもらったのだが、具体的な数字は覚えていないものの、数千人の男性会員がヒットした。担当者いわく、それは「かなりモテモテの状態」なのだそうだ。そして正式に登録すれば、人生で三度しか訪れないモテ期が必ず、しかも法則を無視して四度も五度もやってくるとあおられた。しかし、30歳となる約半年後がタイムリミット。30の坂を通り越した瞬間にモテ期ラッシュは霧のように消えてしまうのだという。
 その時点ですでに深刻な出会い不足に悩まされていたわたしであったが、パーティーや合コンとはコストが桁違いなため、どんなにあおられてもさすがに結婚相談所の入会はためらわざるをえなかった。正直、そこまでしなくても大丈夫だろ、と考えていたのは事実である。なんといってもまだ半年あるのだし、と月日の流れの速さをかなり甘く見積もってもいた。
 そうして気がつけば秋が終わって冬となり、わたしの二十代はあっけなく幕を閉じた。誕生日である一月十九日(イ、イクーと覚えてください)を境に、わたしのモテポテンシャルは低下(もともと地面すれすれに低いけど)したのか、そうでないのか。
 試す方法が一つだけあった。ネットのお見合いサイトである。
 パーティやお料理合コンに潜入取材するのと並行して、実はお見合いサイト活動もちょこちょこと行っていた。二カ月ぐらいで面倒になって休止してしまったのだが、登録はそのままにしておいた。30歳になった今、もう一度活動を開始して、もしアプローチしてくる男性の数にあきらかな差が出たとしたら、それが「30歳限界説」のかなり有力な証拠となる。そうわたしは考えた。
 そのサイトは休止状態を解除すると、再び自分のプロフィールが全ての登録者の中で一番上に表示し直される仕組みになっている。数カ月の間に登録者は大きく入れ替わっているはずなので、新規登録したも同然の状態だ。
 わりとすぐに、最初のアプローチメールが届いた。心が浮きたったのもつかの間、中身を見て大げさでなく愕然とした。
 アプローチしてきた男性は、65歳だった。
 昨年の29歳のときは、少なくとも60代の男性からのアプローチはなかった。50代すらなかったはずだ。
 メールの文中に「多少の歳の差はありますが」とあった。わたしは思った。彼の言う「多少の差」は実際的な数値のことではなく、あくまで気分的なものにちがいない。29歳と65歳では、離れ過ぎている気がする。しかし30歳と65歳なら、なんか……許容範囲ぎりぎりって感じ? このぐらいの歳の差カップルなんてそこらじゅうにいるよねって感じ? 向こうも当然焦ってるだろうし、大事なのは年齢じゃなく中身でしょって感じ? そんなふうに思ったのではないか。
 うがちすぎだろうか。いや、きっとそうなのだろう。
 この65歳はもしかすると、20代の女性にも平気でアプローチしているのかもしれないし、数打ちゃ当たる方式を採用しているだけかもしれない。思えばメールの文面もテンプレ臭満載だった。
 が、「最初にアプローチしてきた男性が還暦オーバー」という事実は、ひどくわたしを打ちのめした。そのせいだろうか、その後もいろいろな男性からアプローチされたが、以前より明らかにその“質”が低下したように思えてならなかった。お前、どのツラでそれを言うよ、という批判は百も承知である。目に見えて前より数が減った、というようなことはなかった。
 29歳のときは、五人に一人程度の割合で「お? これはなかなかいい感じ。やりとりをしてもいいかな?」と思う男性がいたものだった。しかし、今回はゼロなのだ。メールを開いても開いても心が動かない。55歳、バツイチ、職業はアルバイト。そのプロフィールだけで交際をお断りしたわたしは、自分を高く見積もりすぎだろうか。あるいは48歳、バツイチ、「前妻との間に子供が一人いるが、離婚以来一度も会っていないので大丈夫(何が?)。いつか温かい家庭を築きたい」と語るダブスタ男、職業はアルバイト。こんな男性とも偏見を持たずにメールのやりとりをすべきだったのだろうか。わからない。
 三十通ほどのアプローチメールを連続お断りしたあと、もしかしてわたしのプロフィール内容がスカスカなのがいけないのかと気がついた。自己アピール的なものを書くのが大の苦手であるわたしは(今のところ人生の第一目標はこの先死ぬまで履歴書を書かないこと)、必要事項だけを記入してほとんど空欄のままにしていた。これではやる気のない女とみられ、多くの素敵な男性にスルーされても仕方のない状態だと思った。さっそく全ての欄を埋めた。顔写真も変えることにした。それまではピント外れのはっきり顔がわからないような適当なものを載せていた。自分も写真を公開しないと相手のも見られない仕組みのため、仕方なく貼ったものだった。わたしは30分ほど時間をかけてフォルダの中から奇跡の一枚(某所のバラ園みたいなところで撮った)を選び出し、慎重にトリミングしたものを貼り直した。
 結果。大差なし。
 原因は一体何だろう。
 はじめは単なる実験気分でサイト活動を再開しただけだったはずのわたしは、気がつくと男性登録者の検索まではじめてしまう始末だった。前回は待っているだけで充分だったので、積極的に自ら相手を探そうとはしなかった。
 検索するには検索条件を入力しなければならない。年齢、職業、居住地、そして年収。年収は百万単位で区切られ、希望の範囲を設定できる。それを選択するとき、わたしははっと気がついた。
 たとえば400万台〜800万台と設定したとする。その場合、「俺の去年の年収、コミコミで390万円なんだよな〜。これで400万と申告するのはズルだよな」と自分の年収を300万円台で登録した奥ゆかしい男性との出会いは断たれてしまう。反対に「俺、手取り年収280万くらいだけど、ひかれた分入れたらほとんど400万だし、そうしたほうがよりモテるだろうから、俺の年収は400万台!」としたずうずうしい男性を検索結果の中に取り込んでしまうこととなる。
 これは、男性側による女性の年齢設定でも同じことがいえるのではないか。
 たとえば33歳の男性が、「出来れば自分より年下で、でもあまり若すぎるのも困る」と25歳〜29歳で検索したとする。その場合、30歳と1か月の自分の好みぴったりの女性をおめおめと逃し、反対に、29歳と11カ月の表向きの姿は性格美人でも裏の顔は高慢ちきな女と知り合ってしまうかもしれない。あと数カ月でどっちも同じ30歳なのに、である。
 条件だけガチガチに固めすぎて、結果的に出会いを逃す。行き遅れがちな男女によくありがちなミスだ。行き遅れているからこそ、相談所やインターネットなどという飛び道具にすがりつくのである。にもかかわらず、そこにこんなとんでもない罠が仕掛けられていたとはよしんば思いもしなかった。
 30歳で何かが変わるわけでは決してないのだ。30歳で何かを区切ろうとする社会、あるいは装置が悪いのだ。きりのいい数字でしか区切ることのできない世界で、いい出会いなんて決して見つかるわけがない。真実は区切りと区切りの間にある(いいことを言ったつもり)わたしは静かにパソコンを閉じた。これは逃げではない、負け惜しみではないと心の中何度も繰り返しつつ。
 そうして、現在のわたしはお見合い活動からすっかり足が遠のいてしまった。そんな折、二人の女友達から立て続けに結婚の報告があった。ともにわたしより年上で、一人は35歳、もう一人は33歳。二人とも出会って半年もしないうちのスピード結婚だった。あまりに急だったので、どちらのケースも交際していたことすらわたしは知らなかった。
 素直に、とてもうれしかった。彼女たちがとても強く結婚を望んでいたことを知っていたし、独身時代には男関係のトラブルで涙を流した姿を何度も目にしている。が、何より自分にとっても希望の持てる話だと思った。二人とも、日常生活の中で自然な形で伴侶と知り合っていた。30をいくらかすぎても、出会おうと思えば出会えるのだ。絶望する必要なんて全くない。「30歳限界説」などいうものは、時代遅れの女子アナ界に限られた話だったのだ。
 しかし、彼女たちにメールで詳細を聞いた途端、すぐにその考えに自信が持てなくなった。
 35歳のほうの相手は、52歳の料理人だという。自分でお店を持っているわけではない。バツはないが家も車もない。対して33歳のほうは、48歳のコンビニの雇われ店長。バツと家はあって、子供はいないが車もなく、どうやら式をあげる貯金もないそうだ。
 妥協。
 その言葉以外に、何も思いつかなかった。
 二人とも美人である。以前は決して相手にしなかった種類の男性だと思った。
 30歳の壁を超えるということは、やはりそういうことなのか。わたしはもうお見合いサイトで知り合った55歳のアルバイターや48歳のアルバイターたちを交際相手の候補から除外しているような身分ではないのか。
 実際に彼女たちに会って直接話を聞いてみる必要があると思った。妥協したなら、妥協した理由を教えてほしかった。そして、自分の判断に一分の後悔もしていないのか、知りたかった。
 幸い、全員の時間の都合がついたので、三人揃って会うことになった。待ち合わせ場所へ向かうと、二人とも先について待っていた。姿を目にした瞬間、あ、と思った。
 二人とも、見違えるようだったのである。見違えるように太っていた。わたしは知っていた。彼女たちはともに、職場でストレスフルな状態に陥ったり、あるいは失恋などの悲しい出来事に見舞われると、ご飯が食べられなくなってみるみる痩せていくという体質であることを。反対に、男ができて生活がうるおいだすと、たちまち食欲が増してぽちゃぽちゃと増量していくことも。
 横に並んだ二人は、さしずめタッグを組んだ女子プロレスラーのようだった。とくに33歳のほうはもともとガタイがいいので、後ろ姿がザトウクジラみたいになっていた。
 その日、わたしはのろけ話を多重音声で聞きながらお好み焼きを食べるという大変貴重な時間を過ごした。35歳のほうの夫は、帰宅が遅く一緒に夕食を食べられない日が多い分、毎朝必ず彼女のために豪華な朝食を用意してくれるのだという。33歳のほうの夫は、いつか子供ができたときのために、ひと月の小遣いを一万円にすることを自ら申し出たのだそうだ。一人暮らしの部屋に帰宅してから、彼女たちは解放されたのだなとわたしはしみじみ思った。年齢、職業、居住地、年収。そういったこまごました条件を登録して検索する、という作業から、二人は解き放たれたのだ。婚活市場から撤退したという意味ではない。心の問題である。
 そして、30という切りのいいところで区切りをつけ、わたしを除外しようとしていたのは、ほかならぬわたし自身だったということにも気づいた。職業や居住地、年収などで男性たちを仕分けると同時に、自分自身も仕分けて検索対象外に追いやっていたのだ。
 全ての項目をノーチェックにした状態で検索ボタンを押す。そうしてはじめて、理想の出会いが訪れる。ヒットする量は膨大だが、それは当たり前のことなのだろう。そこから探り当てたものこそ、きっと本物なのだ。きっと。そうなはず。
 というのはやっぱりわたしの妄想だろうか。30歳になると同時に、わたしは何らかの大きなもの失ってしまったのだろうか。いまのところは、まだわからない。

Webマガジン幻冬舎: チャリティ同人誌「文芸あねもね」刊行記念エッセイ 南綾子「かなしい疑問」
女の「30歳限界説」は本当か?

文芸あねもね

チャリティ同人誌「文芸あねもね」
刊行のお知らせ

 東日本大震災、およびその後の福島第一原発による災害で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
 私たち、「女による女のためのR-18文学賞」受賞者を中心とする作家一同は、地震の後、何か自分たちにできることはないかと考え、チャリティ同人誌の発行を企画いたしました。紙やインクなどの経費がかからない電子書籍の形で文芸同人誌をつくり、微力ながら、その収益金を東日本大震災への義援金として寄付させていただこうという企画です。
 作家であれば、作品で人の心を動かすことこそが支援になるのかもしれませんが、今回はひとまず「義援金を集める」ということに焦点を絞りました。ですから必ずしも、全員の原稿が、人を励ましたり、下がったテンションを上げたり……という内容になっているわけではありません。しかしながら、同人誌ということで、各々好きなこと(もしくは、今したいこと)を徹底させたつもりです。ご興味のある方はどうか、販売サイトや公式サイトを、一度のぞきにいらして下さい。お待ちしております。

「文芸あねもね」メンバー一同

文芸あねもね

文芸あねもね

電子書籍サイト
「パブー」

(http://p.booklog.jp/)
にて配信中。

[定価]380円(売上金の全額を上サイト経由で日本赤十字社に寄付)

[執筆者]彩瀬まる 豊島ミホ 蛭田亜紗子 三日月拓 南綾子 宮木あや子 山内マリコ 山本文緒 柚木麻子 吉川トリコ(五十音順)

[表紙イラスト]さやか

[デザイン]山口由美子

文芸あねもね公式ブログ(http://charity-d.jugem.jp/)にて、最新情報を随時更新中。

※作家個人の意思で行う企画であり、作家が普段お世話になっている出版社とは直接の関係がありません。そちらへのお問い合わせはご遠慮下さい。

「文芸あねもね」の
購入について

○電子書籍サイト「パブー」への登録が必要となります。登録料や月会費はかかりません。

○本の代金を払うには、クレジットカード/銀行・ゆうちょの振込/コンビニ店頭決済/WebMoneyのいずれかを使うことができます(クレジットカード・WebMoney以外では、購入代金の他に手数料が必要となります)。

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